装甲艦時代の装甲区画の呼称について Terms of Armoured Compartment |
ここでは、装甲艦の装甲様式について用いられる各種用語を見比べてみようと思う。水線装甲帯 belt armour とは別なもので、船体や上構の一部を装甲で囲ったときに、その部分を示す用語である。
解説と言えればよいのだが、それほど決定的な知識や、それを裏付ける資料があるわけではない。実際問題、各種文献を見る範囲では、以下に挙げるような語はかなり曖昧に用いられており、誤用と断定できもしないし、どれが正しいと確定するのも困難だと思われる。
各語とも語源までは詳しく調べていない。どなたか、何かご存知であれば、ご教示いただきたい。
■各種用語
●シタデル:citadel
英語では「城」、城塞都市ではなく、周囲に城下町を従えたタイプの城を指すようだ。
チタデルという表記を見かけることがあるけれども、辞書の発音記号からすればシタデルだろう。
フランス語では citadelle、イタリア語では cittadella、ドイツ語では Zitadelle。どうも city と語源を同じくするらしい。以下、非英語にあるウムラウトなどの符号は、表記できないので省略している。
●ケイスメイト:casemate
ケースメイト、ケースメートとも表記される。砲廓の意。
フランス語でもスペルは同じ。イタリア語では casamatta、ドイツ語では kasematte となる。
●リダウト:redoubt
城の一部の防塞や、小さな砦を意味する。
フランス語とドイツ語では redoute。イタリア語では ridotte。
●ブルワーク:bulwark
砦、保塁、防波堤。露天甲板の周囲に巡らされた波除け兼手すり=舷檣
●ブレストワーク:breastwork
胸壁。
●バーベット:barbette
修道女の着ける「胸当て」の意味。おそらく元はフランス語だろう。スペルも同じ。
●ターレット:turret
砲塔という意味が一般的だが、本来は上部に突出した城塔を指す。旋回するという概念はなく、旋回砲塔は revolving turret と記されている。ところが、回るのがあたりまえになったために、逆に「固定砲塔」 fixed turret などという言葉が生まれた。
フランス語では tourelle。イタリア語では torri。ドイツ語では turme。
こうして並べてみると、おおよそ対象の大小は見当がつくだろう。一般に英語文献での用法としては、複数の砲を収容し、艦に対して支配的な大きさを持つものをシタデルと呼び、リダウト、ケイスメイトはより小さなものを指すようだ。
しかし、フランス語の文献ではシタデルの代わりにリダウトが用いられており、ドイツ語ではしばしばシタデルの位置にケイスメイトの語が見られる。それでもバーベット・シップと言う場合は、どの言語でもこれらとはまったく別な装甲様式のものを指すから、この辺に区分があるとみてよいだろう。
ブルワークは、そもそも城壁の一部を指す語なのだが、装甲艦以前に舷檣を示すものとして使われてしまっていたので、装甲とは無関係な用語になってしまった。
イギリスの由緒ある艦名に『ブルワーク』があるけれども、これはおそらく城壁の意味であって、「波除け」ではあるまい。
ブレストワークは、イギリスで造られた砲塔モニターが、砲塔の裾を防御するために背の低いシタデル型の防御区画を置いたことから、これをブレストワーク・モニターと称するのに用いられているだけのようで、他ではこの語を見かけない。一種のブランド名だろう。
バーベットはたいてい、砲塔の下部、固定部分の防御を意味するものとして解説されているが、本来の順序は逆であり、円筒形の装甲囲壁(=バーベット)が先にあって、その中に置かれている砲を防御する目的で、砲とともに旋回できる装甲された箱を乗せたのが、近代砲塔の始まりなのだ。
初期のバーベットは、必ずしも装甲を伴うものではなく、単なる円筒形ブルワークの場合がある。また、完全な円形ではなく、卵形=洋梨形 pear shaped 、半円、四分の三円のものもあった。semi-barbette, half-barbette 等の語が見られる。
イギリスで採用された初期のコールズ砲塔は、バーベットを持たず、シタデルやブレストワークと組み合わされていた。基本構造そのものは塔型であり、近代砲塔とは下部構造が異なるだけである。
アメリカ南北戦争中の『モニター』の砲塔は、旋回する装甲砲室が甲板上に乗っているだけなので、いわゆる砲塔ではない。最初にバーベット付きの砲塔を採用したのは、どうやらフランスらしいのだが、あまり一般的な認識ではない。
ターレット・シップは「砲塔艦」だが、同じ型式名の貨物船があった。これは船体の断面が凸型をした貨物船で、バラ積みにした荷が動きにくく、積み込みにも効率が良いということだったらしい。ターレットが旋回砲塔だけを意味するのではなく、上甲板上に突出した構造を指す言葉であることをご記憶願いたい。
日本が維新期に保有した『甲鉄』=『東』は、旋回砲塔など持っていないが、後部にある砲廓が上甲板から突出した形状であるため、英文ではしばしば turret ship と表記されているのだ。これを「砲塔艦」と訳すと、間違いではないが誤解を招く。
結論とすれば、主に複数の砲を装備し、船体に対してある程度の大きさを持つ装甲区画を表す単語としては、シタデル、リダウト、ケイスメイトがあると言えよう。それぞれは範囲が重複しており、用いる人によって区分は異なると思われる。
全般的な傾向としては、シタデルがもっとも大きく、リダウト、ケイスメイトは、シタデルと同時に使われる場合、これより小さなものを意味するとみてよいだろう。ド級戦艦以後になると、これらの用語ではケイスメイトだけが生き残ったようで、前二者はほとんど見かけなくなる。
注意しておきたいのは、フード付きバーベットの場合、これの旋回部分を砲塔(turret)と呼ぶのは、外国語書籍では見ることのない表現だということだ。内部構造的には砲塔とまったく異なるところの無いものでも、ターレットとは書かれていない。一般には、内部構造を砲架=mounting、外部を砲室=gun house と呼んでいる。
第一次大戦頃になり、砲室とバーベットの装甲が肩を並べるようになって、これらの区分が曖昧になるけれども、やはり「砲塔」が全体を指し、内部構造が「砲架」、固定部分を「バーベット」、露出した旋回部分を「砲室」と呼ぶのが一般的である。
装甲の有無は、必ずしもこの呼称と一致していない。それゆえ、装甲された=armoured という語が見られるのだが、これがないからといって、装甲されていないとは限らないのが難しいところだ。
■装甲艦の分類名称
初期の装甲艦は、舷側砲門艦 broadside battery ship, broadside ironclad と呼ばれている。基本的には帆装戦列艦時代と砲の配置が同じであり、砲甲板 gun deck 周辺に防御装甲を巡らせていた。
装甲様式に特定の名はないらしく、文献によって呼称はまちまちであって、battery armour, belt armour extended to battery などと書かれている。もちろん、シタデルという用語が用いられる場合もある。
★別項『ウォーリア』、『グロワール』を参照。
装甲を厚くする必要が出てくると、重量のために広い範囲へ施すことが困難になり、砲廓が短くされた。これを砲廓艦と呼ぶが、重量のある装甲砲廓を艦中央部へ置かないのは不自然なので、ほとんどが中央砲廓艦 central citadel ship となった。前出の『甲鉄』など、一部に例外はある。
あまり一般的ではないが、この過渡期に、中程度に長い装甲砲廓を持つものが少数あり、中央砲門艦 central battery ship と呼ばれている。この分類は用いられない場合もある。
強いて区別するならば、砲甲板が広い初期の艦が舷側砲門艦、砲廓は短くなっているが側面にしか砲を指向できないものを中央砲門艦、船体に切り欠きを設けるなどして射界の拡大を図ったものを中央砲廓艦とすれば、写真などからも判断しやすいだろう。
これらの分類は、あくまでも後世の研究家が便宜上設けたものであって、装甲艦が存在した時代には、必ずしもこのような分類名が用いられていたわけではない。また、これらの区別には、水平装甲の有無はまったく関係していない。
■砲塔とバーベット
バーベットとは、基本的にひとつの砲座(砲の数は別)を円筒に近い形の装甲で囲ったものを指し、装甲の上端は砲の俯角を制限しない高さで、下端は砲座の旋回装置を保護する範囲から、水線装甲帯に連結するものまでさまざまである。最初にこれを用いたのはフランスだった。
上部はたいていの場合露天であり、砲周辺でこれを操作する兵員も無防備な場合が多い。初期に設けられたフードは、雨やしぶき除けであって、防御力などない薄い鉄板だった。
1890年頃になると、このフードに防御能力が求められるようになり、徐々に厚さを増していく。
一般に砲塔と訳される turret の語が示すものは、装甲艦初期時代では、モニターなどで用いられた旋回式装甲砲室や、下部構造を持った埋めこみ型のコールズ式砲塔であり、これはヨーロッパでは直接には近代砲塔に系譜が繋がっていない。
イギリス、フランスをはじめとして、皆さんに馴染みのある戦艦の砲塔形態は、ほとんどがフード付きバーベットから発展したものなのだ。唯一アメリカだけが、モニター型からコールズ類似型を経ての、バーベット形式を経験しない近代砲塔への発展を見ている。
ここでは詳しい系譜は省略させていただくが、イギリスで装甲砲塔を装備した最後の艦は、1891年に進水した『フッド』 Hood で、標準型先駆として知られる『ロイアル・ソヴリン』 Royal Sovereign 級の別設計バージョンである。
これ以後のイギリス海軍標準型戦艦は、戦艦と呼ばれない場合にはバーベット艦と分類されている。事実、かなり後期まで砲室の盾装甲はバーベットの装甲より薄く、主たる防御はバーベット部に力点が置かれていた。
◆ここで述べたことは、口径10インチを越える大口径砲装備の砲塔についてのことで、8インチ程度の中口径砲砲塔では、また別な発展の系譜をたどっていることをお断りしておく。また、砲塔の発達については、項を改めて説明することにしたい。
参考文献
●All the world's fighting ships 1860-1905/Conway Maritime Press
●Big Gun 1860-1945 (The) /Peter Hodges/Conway Maritime Press
●Guns at Sea/Peter Padfield/Evelyn
●Naval Gun/Ian Hogg and John Batchelor /Blandford
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