ライバル・満身創痍・4
The Rivals : Wounded all over
SMS Seydlitz and HMS Lion





◆ジュットランド海戦:

『ライオン』
 主に巡洋戦艦『リュッツオー』、『デアフリンガー』、『ケーニッヒ』級戦艦、軽巡洋艦『ヴィースバーデン』、『ピラウ』と交戦している。射程は12800メートルから19200メートルだが、1万メートル以下にまで接近したこともあった。
 合計326発の徹甲弾を発射しているけれども、命中が確認されているのは5発だけである。4発が『リュッツオー』に、1発が『デアフリンガー』に命中したとされる。53センチ魚雷も7本が発射されたが、命中したものはない。
 被命中弾は、『リュッツオー』からの30.5センチ砲弾9発を左舷に受け、『デアフリンガー』などからの4発を右舷に受けている。15センチ砲弾1発も右舷に命中している。




Lion's Q turret

写真LJ-03:『ライオン』のQ砲塔

修理が始まっている状況で、二枚目の天蓋が外され、写真後方の甲板上に置かれている。向かって左側の砲室前盾が炎にあぶられ、黒く汚れている。



 深刻な被害となったのは1発だけだが、これによって中央部Q砲塔は完全に破壊され、あわや爆沈するところだったと言われている。
 砲戦開始から十数分、16時ちょうど頃に『リュッツオー』が発射した砲弾は、射程およそ15100メートルでQ砲塔左砲の砲眼腔右肩部、9インチの前盾と3.25インチの天蓋との接合部へ命中した。落角はおよそ20度と見られる。破壊された9インチ装甲鈑の一部と砲弾は砲室内へ侵入し、砲弾は左砲に当たって跳ね返ると、命中点から1メートルほど前進した左砲真上で炸裂している。(写真LJ-03参照)

 この爆発によって砲室前盾と最前部の天蓋は吹き飛び、天蓋は4メートルほど離れた甲板上に裏返しになって転がった。前盾も5メートルほど飛ばされている。砲室内の全乗組員は死傷して、炎が砲塔内に充満した。
 このとき右砲は装填作業中で、砲弾が定位置へ送り込まれ、ラマーが後退して装薬を押し込もうとしているところだった。操作員は爆発で即死し、その瞬間に装填箱の操作レバーを押したらしく、箱は装薬を乗せたまま換装室へ降下して、床から1.2メートルのところで止まっている。
 左砲の装填箱は換装室にあり、やはり砲弾薬が積まれていた。さらに換装室の待機トレーに各砲1発分ずつがあり、弾薬庫内に降りていた揚弾筒内のリフトにも1発分ずつが収まっている。その外側、バーベット底の弾薬操作室 (handling room) にも1発分ずつがあり、合計8発分32包、重量にして1トンあまりの装薬が露出していたことになるが、この瞬間に誘爆した装薬の量は不明である。

 命中直後、砲弾の炸裂で両脚切断の致命傷を負っていた砲塔指揮官のハーヴェイ海兵隊少佐は、最後の力をふりしぼって各扉の閉鎖と弾薬庫への注水を命じており、一般的見解では、その実行が装薬の誘爆より早かったため、弾薬庫の誘爆が防ぎ得たのだとされている。彼は直後に絶命したが、後にその行為を称えられ、ヴィクトリアクロスを授与された。
 しかし、このときの状況はそれほど単純なものではなかったようだ。以下にいくつかの文献からの記述を総合して書き出してみよう。

 命中から数分後、『ライオン』の砲手長 (chief gunner) グラントは、Q砲塔の弾薬庫へ入ろうとしている。彼は無任所の応急係先任下士官で、各弾薬庫の運用が円滑に進んでいるかの監視が任務であり、この日の状況を書き残しているのだ。戦闘が始まってまもなく、グラントは艦首砲塔の弾薬庫を巡回して異常がなく、運用規則違反が行われていないことも確かめている。
 後部へ向かって、途中いくつかの応急班に状況を伝え、Q砲塔近くへ到着すると応急班がざわついており、責任者は砲塔でなにか異変があって、弾薬庫への注水命令が出されていると報告した。グラントはどのくらい前に注水命令が出されたかを尋ね、弾薬庫がすでに満水に近くなっていると知らされる。さらに操作室へ送り込まれた装薬の状況を尋ねると、2発分の全量が操作室にあるはずだと報告された。おそらく揚弾筒内に、もう2発分があるだろうことも推測されている。

 彼は換装室から出てきた乗組員に何が起きたのかを尋ね、砲塔に命中弾があって配員を死傷させ、中で爆発したために砲塔が戦闘不能になっていることを知らされた。
 グラントはすぐに、状況を知るために砲塔へ入ろうかと考えたものの、砲塔はすでに戦闘を行っていないし、状況が落ち着いていたため、まだX砲塔のチェックを済ませていないので後回しにすることにして、換装室にいた者に、操作室の乗組員を上へ上げるようにと命じて艦尾へ向かった。後に彼は、この決断を神に感謝することになる。

 X砲塔弾薬庫に異常はなく、ちょうど砲戦が小止みになって、弾薬の供給口は閉じられ、操作室に装薬が残されていないことを確認できた。彼は気になっていたQ砲塔へ戻ることにしてラッタルを上がり、Q砲塔弾薬庫へ入る昇降口へあと一歩というところで、猛烈な爆発に遭遇したのである。
 いったん隣室へ避難したグラントは、爆発が収まったのですぐに昇降口へ戻ったが、煙と有毒ガスが充満していて中へ入ることが困難だった。部屋では塗料が焦げ、手持ちのガスマスクは旧式で、この状態での使用には耐えないと判断されたが、煙が薄まるのを待ちきれず、強引に入ったそこで彼は、大勢の乗組員が倒れているのを見ている。
 仲間を呼び集め、すでに火は消えていたので部屋へ入り、まだ息のある者を担ぎ出そうとしたけれども、ほとんどの者は助からなかった。

 グラントはこの爆発について、もう一発の砲弾が命中したのかと考えたようだが、このときに命中した砲弾はなく、爆発は最初の被弾による火災が、それと認識されないままに燃え広がったためのようだ。
 後の調査によると炎は、砲室からの電路を伝わって下部へ入ったらしく、換装室もしくは揚弾筒内で露出していた装薬に点火し、揚弾筒を破壊して操作室内の装薬にも誘爆したと思われる。電線は真っ黒に焼け焦げていたという。この資料では、誘爆が起きたのは命中からおよそ28分後とされている。グラントは砲弾の命中した時刻も知らないから、この時間経過に関しては正確に把握していない。
 これについては、『ライオン』艦長のチャットフィールド大佐の残した記述があり、それによると後から起きた砲塔下部での誘爆は、砲弾命中から20ないし30分後に起きたとされている。二度目の誘爆火災が起きたのは17時頃とする資料もあり、いずれにせよ砲塔下部での致命的な誘爆が、砲弾命中からそれなり時間を経過した後に起こったことは間違いない。

 一般の書物では、このことにはあまり触れられておらず、命中から弾薬庫注水による誘爆の防止までが、一連の文章の中で時間経過がなかったかのように書かれており、「弾薬庫注水がそんなに瞬時にできるものなのか?」という疑問を感じていたのだが、実際にはかなりの時間経過があったようだ。
 この事実を前に出してしまうと、絶命の瞬間に艦を守る命令を発したというハーヴェイ少佐の行為が英雄性を薄められてしまうので、戦記では意図的に避けられたのかもしれない。イギリス政府や海軍もそれを承知の上で、プロパガンダの一環として勲章を授与した可能性がある。しかし、いずれにせよ彼の行為が価値を失うようなものではなく、経過がどうであれ、そうした行動が評価されなければ、軍の士気は維持されないだろう。
 実際問題、艦橋にはQ砲塔が危険な状態にあるという認識がなかったのだから、砲塔内部の状況が確認されるまで、弾薬庫への注水を待った可能性もないわけではない。

 砲塔が破壊され、内部で火災があった場合、そこにまだ燃えていない装薬があっても、これを安全に外へ出す方法はなく、弾薬庫へ戻すこともできないから、誘爆を防ぐのは容易なことではない。ましてや揚弾筒内のリフトにある装薬を抜き取るのは困難を極める。途中位置に止まっていたら、まったく手は出せない。
 この砲塔下部弾薬操作室での爆発により、弾薬庫の隔壁は途方もない圧力を受けて大きく膨らみ、内部に注水された水圧がなければ破壊されていただろう。そうなれば火炎は弾薬庫へ侵入し、全体の誘爆を招いて『ライオン』は爆沈していたに違いない。

 これらの状況を見れば明らかなように、もし砲塔下部にあった装薬の誘爆が砲弾の命中直後に起きていた場合、弾薬庫への注水は実行されていても間に合わず、全体への誘爆は防げなかったと認識された。これにより、最終的な破壊は食い止められなくても、揚弾経路にある装薬の誘爆を遅らせる手段には、大きな意味があると考えられた。また、破壊した砲塔内にあって安全を確保できない装薬に対する、誘爆を防ぐ設備の必要性も痛感されている。




Lion's damage

写真LJ-02:『ライオン』の第二煙突

稚拙なイラストだが、雰囲気は伝わるだろうか。煙突の向こう側に見える壁は、Q砲塔に対するブラスト・スクリーン。手前にボートの架台が見える。



 それ以外の南下戦での命中弾について、おおよその時間順に記す。命中したのはすべて『リュッツオー』の発射した30.5センチ砲弾で、左舷側からの命中である。
★LJ-01:15時51分頃
 第1煙突付近で船首楼甲板と上甲板の間の舷側に命中。いくつかの隔壁を貫通したり、へこませて跳ね返りながら、合計厚4インチ半になる隔壁を貫通し、航海長室に激しい火災を発生させた。砲弾はそのまま反対舷へ抜け、舷外へ出たところで爆発している。
★LJ-02:15時52分頃 (イラスト参照)
 第2煙突基部の船首楼甲板に命中、1.25インチの装甲鈑上で爆発し、3.6メートル×4.5メートルの穴が開いた。左舷側の二つの缶室に煙と有毒ガスが充満し、多数の破片がグレーチング・アーマーに遮られている。この2発は左舷かなり前方から命中している。
★LJ-03:16時01分頃
 前記Q砲塔への命中弾。このQ砲塔の被害により、『ライオン』は一時戦列から離れ、非敵側を並行して進んでいる。このためドイツ艦隊から見えにくくなり、2番目にいた『デアフリンガー』が戦っていた『プリンセス・ロイアル』を一時見失った後、イギリス艦隊3番目の『クィーン・メリー』を2番艦と見誤って目標に選択し、同艦を攻撃し続けていた『ザイドリッツ』と集中攻撃を行う形になり、致命的な命中弾に繋がったとも考えられる。
 『ライオン』はQ砲塔を安全と判断して戦列へ戻ったが、前述の二次誘爆はその後に起こっている。

 以下の3発は、Q砲塔が破壊されたのと同時期の命中であり、同一または直前後の斉射によると思われる。このとき『リュッツオー』は、艦首尾それぞれ2基の砲塔ごとの4門斉射を行っていたとされ、最も短い発射間隔は砲ごとに40秒だから、艦としては20秒ごとに射撃していたことになる。
★LJ-04:16時01分頃
 後部4インチ砲射撃指揮装置天井に命中、爆発しないまま反対舷の側壁を貫通して飛び去った。
★LJ-05:16時01分頃
 艦首から35メートルほどの場所で右舷側のケーブル・ホルダーに命中。これを破壊して、さらに船首楼甲板に60センチ×40センチの穴を開けて貫通、舷側外板にも75センチ×50センチの穴を開け、爆発せずに舷外へ抜けた。
★LJ-06:16時01分頃 (イラスト参照)
 海面で跳ね返った跳弾が爆風避けの鉄板に当たって、これを貫通はしたものの勢いを失い、炸裂しないまま第2煙突の基部に転がった。




Lion's Damage-06

イラストLJ-06:第二煙突横の不発弾

海面で跳ね返った跳弾が、ブラストスクリーンを突破して、煙突横の露天甲板に転がった。炸裂しなかったため、砲弾はそのまま回収されている。



★LJ-07:16時24分頃
 Q砲塔直前位置の左舷側、6インチの上部装甲鈑、2枚の継ぎ目付近にほぼ真横から命中し、命中点で爆発した。艦首側の装甲鈑表面には直径30センチの半円形に同心円状のひびが入り、上端が8センチほど押し込まれている。艦尾側の装甲鈑は2.5センチほど欠け落ちただけだったが、どちらも背後の構造材が変形している。
★LJ-08:★LJ-09:16時24分頃 (イラスト参照)
 後部4インチ砲廓の側面下部後端付近に、1.5から1.8メートルの間隔を置いて2発が同時に命中した。共に右舷側へ突き抜け、命中点から8メートルほど前進した1インチの上甲板上で爆発している。2.5メートル四方の大穴が開き、後部4インチ砲砲廓に多数の死傷者を出した。ここで戦死19名、負傷35名が発生している。




Lion's Damage

イラストLJ-08:上構後部に命中した 08 と 09

上構の下端部分に命中して貫通し、反対側の上甲板直上で爆発した。かなりの破片が、装甲のない後部砲廓を襲っている。



 北行戦での命中弾は、発射した艦の不明なものが多い。すべて右舷側からの命中。
★LJ-10:
 前部の船体に命中し、反対側へ抜けて炸裂した。
★LJ-11:
 主檣を貫通。炸裂しなかった。
★LJ-12:16時59分頃に命中
 上部構造物の後端を貫通、6.3メートル前進して1.25インチの上甲板上で爆発し、上部構造に大きな被害を与えた。4インチ砲即応弾薬の一部が誘爆、右舷後部4インチ砲のうち2門が破壊された。
★LJ-13:17時01分頃に命中
 後部の上甲板に命中。1インチの甲板を貫通し、4メートル前進して左舷側の4インチ舷側装甲の裏側で炸裂した。周辺区画に煙が充満したため警報が出され、X砲塔の弾薬庫に一時注水されている。
★LJ-14:15センチ砲弾が機関室の換気口上部に命中、若干の火災を発生させた。
 この後、『ライオン』はグランド・フリートと合流し、その先頭に立って艦隊を導き、ドイツ艦隊の東側を南下していく。やがて薄暮から日没となり、これ以上の被害を受けることはなかった。




Lion without Q turret

Q砲塔のない『ライオン』

2ヶ月ほどこの状態で就役していたとされるが、さすがに写真はほとんどない。バーベットの穴には鉄板をかぶせて蓋をしたと、資料には書かれている。これだけ局所的に軽くなって、船体強度に悪影響はなかったのだろうか。



 戦闘中、A砲塔では左砲のチェーン・ラマーが故障し、X砲塔の右砲装填箱が、換装室での二重装填によって故障している。この戦闘で『ライオン』乗組員は、99人が戦死、51人が負傷した。
 修理にあたっては、Q砲塔の破壊状況があまりにもひどかったため、艦上での修理が断念され、砲塔はそっくり引き抜かれて造船所へ送られ、根本的に造り直されることになった。船体の修理は7月20日に完了し、『ライオン』はQ砲塔の再生が完了する9月23日まで、この砲塔なしで艦隊に復帰している。(写真参照)
 このとき弾薬庫天井や砲塔天蓋の水平装甲が、1インチ程度の装甲鈑を張り増す形で強化されたが、どれほど効果があったかは疑問だ。また砲塔内部には、誘爆を防ぐための遮蔽扉、散水装置などが設けられている。

 この海戦での各艦の損傷については、イギリス側からは詳細が発表されていないようだ。ドイツ側にはまだ損傷部を撮影した写真があるのだが、イギリス側のものはほとんど見られない。修理に当たった工廠、造船所では必ず写真を撮っているはずなので、公開されればたいした写真集が出来上がるだろう。
 損傷の詳細な分析を行っている英文資料でも、画像のほとんどはスケッチで、それも写真をトレースしたような精巧なものではなく、メモ的に描かれたラフなものであり、写真などを見た後に記憶で描かれたようにも見える。90年以上も前の、現代ではほとんど過去の技術になった装甲軍艦の砲弾による破壊状況など、隠しても意味がないように思えるのだが…。遠からず海戦百周年を迎えるので、その頃には何か出てくるかもしれない。




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