翼をなくした大鷲 CSSヴァージニア物語・第二章 Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862 |
第二章・承前
「そのちっぽけなガラクタを、さっさと持って帰って拝んでいるんだな。偶像のつもりだかなんだか知らんが、天上地上海の底にだって、そんな珍妙なゲテモノは存在しちゃいかんのだ!」
ポールディングとスミスは、エリクソンの模型に理解を示したものの、残る一人、デイビスはブッシュネルに向かって吐き捨てた。もし、ブッシュネルがただの技術屋だったら、エリクソンの模型は実現されないままに終わっただろう。しかし、彼のセールスマンとしての才能は、こんなことで引き下がるようなヤワなものではなかった。
彼はエリクソン自身をワシントンへ呼び寄せ、この艦の特性を説明させれば、必ずや委員会を納得させられると読んだのだ。スミスとポールディング以外は付和雷同するだろう。説き伏せるべきは、デイビス艦長ただ一人。
そのためには、気難しいエリクソンをどうにかして説得しなければならない。彼に、そのアイデアを実現するためには、委員会に頭を下げなければならないなどと言おうものなら、頭から湯気を立ててそっぽを向くに違いないのだ。
「やあ、委員会へ行ってきましたよ」
「どうでした?」
「素晴らしかったですよ」
「それで?」、エリクソンは苛立たしげに聞いた。「彼らはなんと言ったのです?」
「スミス提督は、エリクソン氏は天才だと褒め称えていました」
「ふうむ…ポールディングは、なんと言いました?」
「彼はこれを、チャールストンから反乱者どもを叩き出すにはうってつけだと」
「なるほど。で、デイビスは?」
ブッシュネルはウソをつくのに、わずかにためらった。
「彼には、私には答えられない専門的なことで、二、三質問があるそうです。ウェルズ長官は、あなた自身が委員会の席で説明するのが、最良の方法だろうと言っています」
エリクソンは腰を上げた。
委員会を訪れたときのエリクソンの容姿が、どれほど凄まじいもので、彼らがそれにどれほど衝撃を受けたか、正式な記録には何も残っていない。「なんだ、あれは…」、と言うようなひそひそとした囁きは、歴史に残すには重大でない問題だったのだろう。
しかし、奇異の目で見られるエリクソン自身が、自分がまったく招かれざる客であって、委員会は自分のアイデアをとっくに否定しているのだと気付き、腹を立てていた。
「いったい何が問題だと言うのかね。疑問があるなら、ひとつひとつ答えようじゃないか。(お前らのうすら寒い脳ミソでは理解できんのだろうが)」
スミス提督が発言した。
「スタビリティに疑問があるという意見がある」
「なにを?」
危うく、エリクソンは椅子を蹴り倒して出て行くところだった。ブッシュネルが必死で抑える。
「説明するんだ! (彼らは解っていないかもしれんが、馬鹿ではないから説き伏せることはできる)」
一声低くうなると、エリクソンは黒板へ向かい、図を描きながら自分の論ずるところを延々と演説しはじめた。始めはそっぽを向き、時計を気にしているだけだった委員会のメンバーも、徐々にエリクソンの熱弁に引き込まれ、いつしか黒板の白い線を見つめている。
エリクソンは黒板にチョークを叩きつけ、先端が潰れて二つに折れたチョークが飛び、床に転がった。
「これは、およそどんな敵でも打ち破れる。そして、どんな砲を持ってきても、これを打ち負かすことはできない(こんな自明を、お前らは理解できんのか。ボンクラどもめ)! そして、私に全権を委任するなら、私はこれを、約束しよう、90日で造り上げる!」
委員会はすでに、エリクソンに心服していた。
「私が、(呆れ果てて) ここから出て行く前に、この艦の建造を決めるのが、君らの責務だと思うがね!」
委員会は静寂に包まれている。
「これを造るのに、いくらかかる?」、ウェルズ長官が尋ねた。
「27万5千ドル」
委員会が結論を出す以前に、ウェルズ長官は「キャプテン・エリクソン、GOだ」、と伝えた。委員会は建造期間を100日としただけで、エリクソンの案を全面的に受け入れる。当初の募集要項では、帆装を保持し、少なくとも199人の乗組員が90日間以上行動できることという条件があったのだが、あっさりと無視された。
10月4日、エリクソンの砲塔艦は、正式に建造が契約される。
どこまで確実かは何とも言えない。本文中にあるバースデッキ (居住甲板) を持つほどに大型なのは、南部海軍の装甲艦では本艦くらいだろう。
この図には吃水線が明示されていないが、あえて記入を避けたのかもしれない。傾斜した砲廓の側壁と船体の取り合い部分にも明確な資料はない。砲廓装甲の下端が若干突き出していたと考えるほうが自然だろう。
側面はともかくだが、前後端の円錐形状に整形された部分では、重ね張りの下側になる「水平方向に張られた」装甲鈑が、どういう形状で、どう取り付けられていたのか謎である。
衝角は脱落後に付け替えたものが、重量で一桁大きいように書かれている場合が多い。形状も様々で、見る角度の問題もあり、特に失われた初期のものの形状ははっきりしない。初期のものは重量1,500ポンド (680キログラム)、後期のものは重量13,000ポンド (約6トン) とされる。
『メリマック』の改造は、簡単な作業ではなかった。いみじくもワイズ士官が指摘したように、できるものなら一から造ったほうが、よほど簡単なのだ。水中に沈んでいた船体は、乾ドックへ入れて真水で洗えば、まあ使えるものになる。海水漬けになったエンジンやボイラーは、洗っただけでは不十分で、磨いてやらなければならない。熱を受けて歪んだ部分がないか、検査もしなければならない。当初は他のエンジンを使おうとしたのだが、適当なものは見つからず、結局本来のものをそのまま使うことになった。
全体には、燃えるよりも沈むほうが早かったようで、木材の焼け焦げ方は中途半端だったし、機械類も火にあぶられたような状態ではなかった。いずれにせよ、これらを無から造り出すことは、今の南部連合にはまず不可能だから、手間で済むことならばなんとしてもやるしかない。徒手空拳では、ノーフォークの対岸ニューポート・ニューズ岬の手前に浮かんでいる、北軍のスループ『カンバーランド』にさえ、近付くこともできないのだから。
南部連合で、この装甲艦建造の音頭を取ったのは、元フロリダ州選出上院議員で、海軍長官に任命されたマロリーだった。彼はブルックを見出し、その基本設計をゴスポート工廠の技師ポーターに具体化させた。ポーターはクリミア戦争で用いられたような浮き砲台を考えたが、ブルックはより攻撃的な艦とすることを主張し、これが採用されている。
5月に引き上げられた木造船体は、7月になって作業が始められ、艦首で船底から5.8メートル (19フィート)、艦尾で6.1メートル (20フィート) の高さで、上半分を切り取られつつある。スクリューが直径5.2メートル (17フィート) もあるので、どうやっても船体はこれ以上浅く造れない。そこから1メートルほど上からは、真っ黒に焦げた木材が、おぼろに船の形をしているだけだ。問題は艦尾で、カウンター部分がまったくなくなってしまったために、スクリューは船体から突き出して宙に浮き、舵は取り外されて、今はドックの床に寝かされている。
キールの後端に立つ舵柱は、上側に支えがなく、このままでは強度がない。鉄材で造られた張り出しで支えるしかないだろう。これの幅を広く取れば、横方向への強度は確保できる。縦には強度が不足するが、うねりのない場所でなら使えないことはない、はずだ。
当然、その上に舵取り装置を置くことはできない。計画では、この張り出しはギリギリ水面下になるはずで、そこに舵取り装置を置いたなら、水面上に顔を出していいだけ的にされる。ここに部屋を造り、装甲で防御するのは諦めた。それだけの重量を支えきれないのだ。砲廓を後ろへ延ばすような形にするしかないが、船体との強度連続が図れず、垂れ下がってしまうと考えられた。後部に搭載する砲の射界も遮ってしまう。
そこで、厚みのない張り出しの上に舵を操作するリンクだけを取り付け、操作は砲廓の下になる船内から行なうことにした。操作リンク全体は剥き出しになってしまうが、水面下になるし、横から見ればほとんど厚みがないから、砲で狙うのは難しいだろう。上に板を張り、歩けるようにすれば、困ることはない、はずだ。
艦首も同じように水面ギリギリで、戦闘時には甲板が水面下になる。ここにはろくに装甲を張っていないから、水の下にしておかないと狙われるためだ。そのままでは艦首を越えた波が砲廓に直接当たり、砲門まで這い上がってくるので、三角形に波避けを付けている。船とすれば変化はこれだけで、下半分は元のスクリュー・フリゲイトのままである。引き上げ式だったスクリューは、フレームごと固定してしまえばよい。
砲廓は、結局ブルックのテストの結果、厚さ2インチの鉄板を、縦横方向を変えて2枚重ねとし、これを水平面から35度の角度に傾けることで、砲弾のエネルギーを逸らすようにした。前後端は円錐状に整形し、ここに正面と斜め側面両側、三つの砲門を切って、中にピボット砲架に乗せた口径7インチの強力なライフル砲を収める。こいつは支点を移動することで、三つの砲門を使い分けられるわけだ。
側面の装甲は、吃水線を越えてそのまま水中へ延ばされ、船体の側面を防御する。これで、水の上にあるのは鉄板で囲まれた砲廓だけになる。鉄板が砲弾に破られない限り、こいつは難攻不落だ。
砲廓内部の高さは2.1メートル (7フィート)。台形断面の狭い天井部分は、換気と採光のために格子構造になっている。しかし、鉄板が10センチ、それを支える木材の構造は、厚みが61センチ (24インチ) もあるから、これをこんなに傾けると、中の砲はずいぶんと後退させなければならないし、左右にはほとんど振れなくなる。壁が斜めだから、天井が低いのと同じで、装填作業もやりにくい。
砲門を広げれば射界は広くなるけれども、敵弾が飛び込んでくる可能性も高くなる。壁を垂直に近くすれば、砲弾が突き破ってくるかもしれない。重量からすれば、まっすぐに立てれば厚い鉄板を使わなければならなくなるが、その分面積が小さくなるから同じことになる。中の容積分だけ有利になるのだが、鉄材が手に入らないのだから仕方がない。背後の構造が木材では、ある程度以上の強度は得られないのだ。砲を突き出さなければならないのだから、野放図に厚くするわけにはいかないし、構造が弱ければ装甲ごと押し倒されてしまう。
「その分、天井の甲板が狭くなり、舷側から離れますから、飛び移ってくるのは困難になります。一か八かの切り込み攻撃がしにくくなるので、一長一短ですね。当然、こちらからも渡りにくくはなるのですが」
ブルックとマロリー海軍長官、工廠のポーター技師は今、ドックの脇から作業中の『メリマック』を見ている。ここから見ると、左舷側の砲廓が半分ほどできあがり、おおよその輪郭が掴めてきている。
「なるほどな、悪いことばかりでもないわけだ。…で、蓋を付けるって?」
「砲門を開け放しにしておくと、敵弾が飛び込んでくるだけではなく、近距離戦闘では小銃で狙われます。装填作業がしにくくなりますが、やむを得ません。舷側砲では、砲廓の反対側近くまで後退させないと、装填作業ができませんから、左右で砲の位置をずらしています。そのために砲は数が積めません。全部で10門がやっとかと」
「確かに。これではラマー手は這いつくばって仕事をしなければならないな」
それほどまでに砲廓側面の傾斜はきつい。そもそも砲廓の中は、やっと立てるだけの高さしかないのだから、低くなっている部分では作業が困難だ。
「砲は?」
「9インチの前装砲を使います。なんとか、駐退させるだけの寸法はあります。『メリマック』が積んでいたもので、6門積めます。他には私のライフルが4門」
「ふふ、そいつは強力だな。何インチだ?」
「7インチが2門、残念ながら舷側砲では寸法が足りませんので、前後部だけです。舷側砲には6.4インチを使います」
「なるほど。すると、艦首正面に7インチのブルック・ライフルか。突撃にはもってこいだな」
ポーターは工廠を見回した。建物は焼け落ち、あちこちに黒い残骸を晒しているが、技術者の目からは工廠の機能がどれほども損なわれていないことがわかる。北軍は見事に破壊し損ねたわけだ。とりわけ、大量に残されていた大砲は、南軍の充実にどれだけ寄与したか判らない。あれがなければ、分離独立など絵に描いた餅でしかなかった。
「これがなかったら、我々はどうなっていたんだろうな」
それでも、いろいろなものが不足している。弾薬も、燃料もだが、なにより足らないのが鉄だ。ヨーロッパにいる南軍のエージェントがいくら買い付けても、これを運び込むのは容易でない。潤沢に材料が揃うのなら、この艦だってまったく違った形になっていたかもしれない。いや、もっと強力な艦を、一から造っていただろう。
「名前が決まったんですよ。ご存知ですか?」
「いや、まだ聞いていないが、いずれひとつしかないだろう」
「そうですね。他に適当な名があるとも思えませんが」
「『ヴァージニア』。…ここで今、この艦につけるとすれば、他にはあるまい」
「その通りです。この艦は、我々の誇りを担って戦うんです」
「北軍の蓋をこじ開けるためにな。…それより、北軍の連中も装甲艦を造っているそうだが、聞いたか?」
「はい。ただ造っているというだけで、詳細はまったく判りませんが」
北軍に潜りこんでいるスパイは、なかなかその中枢には接近できないでいた。ニューヨークやコネチカットで何かが造られているのは間違いないのだが、鉄船だという情報も、木造だという情報もある。いろいろな情報が錯綜していて、実態が把握できていない。砲にしてからが、2門とも6門とも言うのだ。甚だしいものでは、16門という情報すらある。違いすぎて、判断する手掛かりすらない。
「あちらも油断がないんだろう。どうも、2隻か3隻、あるいはもっと多く、それぞれ違うものが造られていて、情報が混ざってしまっているんじゃないかと思うんだが」
「なるほど…しかし、何を造っているにせよ、この『ヴァージニア』が封鎖の蓋を蹴破ってしまえば、手遅れになります。ほんの数ヶ月、それだけあれば、我々は力を倍加できる。そうなれば、ヨーロッパ列強も我々を独立国家とみなすでしょう。フランスが介入してくれれば、分離は実現します」
「おそらくな。そのためには、こいつ、『メリマック』改め『ヴァージニア』か、これの完成を急がなくちゃならん。…二交替にして昼夜兼行で作業をしているんだが」
砲廓に張るべき装甲鈑はリッチモンドで生産されているが、輸送手段が大問題で、水上路が使えないため鉄道に頼るしかなく、乏しい貨車をやりくりして輸送物資の隙間を縫い、最短経路の倍もの距離を移動して、どうにかノーフォークまで運ばれている。確認できてはいないが、行方不明になっている鉄板もあるようだ。
「こちらも、乗組員を選抜中です。なかなか経験のある水兵がいません」
「海軍はあらかたあっちへついたからな。封鎖突破船が失敗するたびに、熟練の船乗りが減っていく」
そればかりではない。南部連合では海軍の創設が遅れたために、陸軍の募兵が先行し、水兵適格者がすでに払底しているのだ。各部隊に散ったこれらの人々を探し出し、呼び戻すのは至難の業である。政府がなんと言おうと、配下の兵士を手放すことに二つ返事で同意する将軍など、いるわけがない。
ノーフォークでは、ウワサに聞くような封鎖突破船の武勇伝は見られない。ここは南部連合の首都リッチモンドへの入口であり、北軍の封鎖も他では見られないほどに厳しいのだ。それに、ジェームズ川の河口はけっして広くなく、特に外航船が出入りできる水深のある水路は、オールド・ポイント・コンフォートのモンロー要塞と、リップ・ラップと呼ばれる人工島のカルホーン要塞にしっかりと扼されている。そして今、両方の要塞には星条旗が翻っているのだ。
チャールストンやウィルミントンでは、バハマやナッソーから来る突破船が、封鎖艦隊の隙間を駆け抜けてくると聞くが、ここではそも、チェサピーク湾の入口から監視されている。ジェームズ川の河口までも近くはなく、速力を頼りに飛び込むのは不可能だ。
入口を味方の要塞が支配しているなら、封鎖線を突き抜けるのに全力を賭けることもできるだろうが、ここでは入口が押さえられているのだから、どうにもならない。深水路は狭く、しかも河口のこととて、砂の堆積する浅瀬は常に動いており、日常に測量していない側は、それこそ手さぐりで航行するようになってしまう。どしあげれば北軍の拍手喝采を浴びるだけだ。
『ヴァージニア』が完成して、小癪な『カンバーランド』や旗艦『ミネソタ』を沈めるか、ボトル・ネックから追い払うかしさえすれば、貨物船はかなり安全に外と行き来ができるようになる。いずれ、外洋でフリゲイトに捕まる可能性はなくならないけれども、その確率は格段に小さくなるのだ。
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