翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第三章

Unflyable Eagle:CSS Virginia stories 1862




Franklin_Buchanan

ブキャナン艦長 (1800-1874)

 1815年に海軍へ入隊、1846年の対メキシコ戦争に中佐として参加、1855年に艦長となり、1861年に海軍を辞して南軍に参加した。1864年のモービル湾の戦いでは、旗艦『テネシー』の指揮をとっている。



第三章

 冬の寒さが峠を越える頃、南軍が望みをかけて建造する『ヴァージニア』は、ほぼその形を整えた。今、ドックから引き出され、再び海の住人となった軍艦は、浅瀬の点在する河口で使うには、いかにも大きすぎる存在だった。
「これでは、思うようには動けないですね」
「その分だけ、砲も装甲も強力なのだと、そう考えるしかあるまい」
 艦長に任命されたのは、ベテランの船乗りフランクリン・ブキャナン Franklin Buchanan 提督である。彼が踏みしめているのは、『ヴァージニア』の砲廓天蓋をなす格子構造の甲板で、太い松材と樫材が組み合わされ、下の砲廓に光と空気を供給する役割を持っている。

 砲廓の長さは50メートルほどもあり、傾斜した側壁のてっぺんになるこの甲板、スパー・デッキも、40メートル以上の長さがある。幅は3メートルしかなく、煙突がひとまわり小さいだけの直径を持っているので、その先へ行くには熱い煙突に抱きつかなくてはならない。あえて前へ行かなければならない理由もないから、張り出した通路は作られていないのだ。
 煙突はただの円筒形の鉄の筒で、四方にワイアを張って支えている。今は蒸気も上がっていないから静かなものだ。煙突の両側には、傾いた壁の途中にボート・ラックがあり、両舷に1隻ずつ9メートル・カッターを乗せる。今は架台だけしかない。
 その壁は、水平面から35度ほどの傾斜を持ち、長さは6.5ないし7メートルある。下端は吃水線の下まで伸びているが、今は船が軽いので水面上へ出ている。下端からスパー・デッキまでは4.2メートルほどの高さがあり、計画された排水量で水の中へ入るのは30センチほどだ。

 台形断面の砲廓は、60センチもの厚さのある木材で形作られ、その外側を幅15センチ (6インチ)、厚さ5センチ (2インチ) の、鉄板というより鉄棒で覆っている。下の層は鉄棒を水平に並べており、上の層はそれと直交するように置かれた。双方と木材構造は、直径45ミリの長いボルトで固定されている。装甲に使われた鉄材は、全部で800トンほどにもなったそうだ。
 砲甲板は、傾斜した装甲鈑で囲まれた箱の中、下から3分の1ほどの高さのところにあり、天井までは最も高い部分でも2.1メートルしかない。床の部分での幅は12メートルほどだが、壁が厚くて大きく傾いているのだから、有効な幅はずっと小さく、やっと5メートルしかなかった。
 もっと低い位置に砲甲板を置けば、有効幅は広がっただろうし、砲廓全体を低くして重心も低くできたのだが、元の船体との兼ね合いがあって、こんな位置になってしまったのだ。すなわち、下甲板、バース・デッキを砲甲板にしようとすると、スクリューが水面から顔を出してしまうのだ。また、バース・デッキがなければ、機関室や炭庫の上に直接砲廓が乗ることになってしまい、乗組員の生活する場所がなくなってしまう。

 全体をもっと深く沈めるのでは、ただでさえ深い吃水がさらに大きくなってしまって、浅瀬の多いノーフォーク周辺では、ほとんど行動できなくなるだろう。これは既存の、それも外洋航行を目的とした船体を用いたための決定的な欠点だったのだが、どうにも目をつぶるしかない問題だった。
 今、新任の指揮官たちが立っているスパー・デッキは、そういうわけで海面から4.5メートルほどもの高さがあり、「大きすぎる」という感想に繋がっている。

 スパー・デッキの先端には浅い円錐形の操舵室があり、細いスリットが切られていて、そこから艦を操ることになっている。煙突の前後には機関室への通風筒と天窓があり、砲廓の発砲煙が直接缶室へ入っていかないようにされた。
 この甲板には曲射砲を置くことになっているのだが、その砲はまだ届いていない。ブキャナンは下の砲廓へ下りてゆき、副長のジョーンズ Catesby ap Roger Jones が、それに続く。
「私は以前、『メリマック』で砲術士官をしておりました。…いえ、砲手長ではありません。ダールグレン艦長の命令で、艦全体の備砲、特に大口径砲の運用データ収集を行っていたのです」
「ほう、そいつは奇遇だな。そのころ面倒を見た砲に、命を預けることになったわけだ」
「そういうことです。ラムジー機関長も、『メリマック』で機関長補佐をしていたそうです。一緒に勤務したことはありませんでしたが」
「それで彼は、こいつのエンジンが可愛くて仕方がないわけか」

 砲廓は暗く、格子天井があまり有効に機能していないことがわかる。ランプの油と生木の匂いが混じっていて、なんとも不快だ。まもなく塗装が始まるはずだから、そうなれば揮発油の匂いが充満するだろう。あちこちにランプが吊り下げられているが、これがなければ暗すぎて作業ができず、おそらくこの状態で戦うしかない。
 側面の装甲壁が大きく傾斜しているので、人が立って歩ける部分はかなり狭い。今は砲を固定する設備や、諸々の必需品を格納するための内装工事が行なわれている。釘を打つ音が囲まれた中で響き、トンカントンカンとこれまたやかましい。戦闘の時には、これをはるかに上回る騒音に包まれるのだろう。
 下りてきたのは機関室天窓のすぐ後ろで、ラッタルそのものが天窓の真上にあるのだ。下も天窓で吹き抜けになっているから、天窓の中にラッタルがあると言うべきかもしれない。艦首側には煙路があり、先はまったく見通せない。
「この傾斜はきついな。こう低くては作業がやりにくいだろう」
 壁というより屋根の傾斜に近い側壁には、のしかかってくるような圧迫感がある。

「計画通りの鉄板が入手できれば、ここまで寝かさなくてもよかったのだそうですが、2インチ2枚では、9インチ砲弾を垂直に近い角度では受け止めきれないとかで」
「テストしているそうだから、抜けてくることはないんだろうな」
 ブキャナンは装甲を支えている分厚い木材を叩いてみる。鈍い音しかしない。長く木造船に乗っていた人間とすれば、砲弾が入ってこないと言われても、なかなかに信頼できるものではない。実際に撃たれてみるまで、自信は持てないだろう。それもまあ、そう遠いことではない。
 前後部の舷側砲は、9インチの前装滑腔砲で、「ソーダ瓶」とあだなされる特徴的な形をしたダールグレン砲だ。1門の重量が4トンもある大きな砲で、左右で互い違いにずらして配置されている。砲尾をほとんど反対舷の壁に接するほど後退させなければ、装填作業ができないので、こうせざるを得ないのだ。両舷戦闘などやったら、後退する砲車が反対側の砲員を轢いてしまう。

 その砲車は、前側にだけ車輪の付いたマーシリー式だ。後ろ側に車輪がないから、その分摩擦が大きくなり、後座長が短い。その代わり、前進させるためには車輪の付いた梃子棒が必要になる。煙突より前に片舷1門ずつ2門、砲廓の後部寄りに2門ずつ4門が配置された。
 中央部の砲だけは、天窓などの制約で、左右の砲門が同じ位置にある。そのため9インチ砲が置けず、6.4インチのブルック・前装ライフルが採用された、普通に置いたのでは、砲尾がお互いにつっかえてしまうから、今は斜めにずらしてある。これの運用は頭の痛いところで、どうすればお互いが邪魔にならないか、出撃までには解決しなければならない。
 艦首側へ進むと、中心線に煙路がでんと幅を占めている。一応二重構造にして囲ってはあり、熱くなって手が触れられないようなことはないけれども、どのくらい熱を持つかも未知数だ。両側の通路は斜めになった壁の下へ入らざるを得ず、頭を下げて通らなければならない。

 煙突の前には炉があり、赤熱弾を運用できる。9インチ砲用の、ひとまわり小さなホット・ショットが20発ばかり、近くのラックに並んでいた。木造艦には効果的だが、諸刃の剣でもあり、火災への対策は十分に考えておかなければならない。この砲弾は正寸よりも若干小さく、熱で膨張するとちょうど良い大きさになる。
 艦首には移動式砲架に載せられた7インチのブルック・前装ライフルが置かれ、その上に操舵室があるのだが、これはかなり狭い。ラッタルを上がって中を覗いたブキャナンは、操舵室に顔を突っ込んだまま不満を漏らす。
「舵取りと、他に二人も入れんじゃないか」
 遮るものがないから見晴らしそのものは悪くないのだが、スリットは小さく、閉塞感はどうにもならない。高さも不十分で、背の高い人間はまっすぐ立つこともできない。フリゲイトの艦尾甲板とでは、まったく次元の違う世界だ。振り向いたブキャナンの眉間が険しい。

 とにかく砲廓は狭く、ここで何百人という人間が戦闘行動をするなど、ちょっと想像できない。実際に人間を配置してみなければ、何が起きるか判らないだろう。ジョーンズはあちこち見回し、どこへ人間を配置するか考えているようだ。
 煙突の直後に、下へ降りるラッタルがある。真下は大きなボイラーで、真鍮でできたヤクザなチューブが、機関員の手を煩わせていた。とにかく漏れがひどく、本来のカタログ通りに圧力が上がるとは思えない。
「動ければいいさ。どこまで行くわけでもない」
 帆が張れないのだから、エンジンが止まれば自力で動く術はなくなる。この先、チェサピーク湾まで出ることがあるだろうか。もしあるなら、それは間違いなく勝利の後でだから、仮にそこで動けなくなったところで、どうということもないはずだ。

 エリザベス川を下り、ジェームズ川、ナンセモンド川との合流点であるハンプトン・ローズにたむろする北軍のフリゲイト、『ミネソタ』を始めとする封鎖艦隊をなぎ倒してしまえば、この艦の任務は終わったようなものだ。まさか、これに乗って大西洋へは出ていきたくない。
 今も、ハンプトン・ローズの屈曲部、ニューポート・ニューズ岬には北軍が砲列を敷き、小生意気な『カンバーランド』が居座っているはずだ。あれが一掃されたら、どれほど気分が晴れるだろうか。
 ボイラーも、機関も、一度海水漬けになっただけに、なかなか思うようにはならないらしい。機関長のラムジーが油まみれになっていた。
「どうだね、駄々っ子の具合は」
「なかなか難物ですな。ボイラーもエンジンも一筋縄じゃいきません。どうやら船体に歪みがあるようで、推進軸受けに不自然な負荷が掛かっています。回すと軸に振動が出ますから、本来なら全体を調整しないといかんのですが」
「どのくらい掛かるんだね。…いや、時間だ」
「さあ、…スクリューは移動できませんから、エンジンや軸受けのほうを合わせるしかないんで。…ちょっと緩めてシムを挟むくらいではどうにもなりませんから、時間がどれだけ掛かるか。はて…」

「いや、いい。それではとうてい間に合わなくなる。動くんだろ?」
「動きますよ。ポトマック川までは保証しませんが、ハンプトン・ローズまでなら、どうということもありません。もう一度冬になる前には直さないと、軸が折れるかもしれませんし、これ以上船が歪むと、やはり動かなくなるでしょうが」
「やれやれ、嬉しいご托宣だな。まあ、ひと月とはかかるまいよ」
「そう願いたいですな。この機関室も、砲廓も、真夏にどういう場所になるか、考えたくもありませんのでね」
 ブキャナンがまた顔をしかめている。たしかに、あの狭い中に人間がびっしり立ち並んで、外側の鉄板を直射日光が焼いたら、中はオーブンさながらだろう。その真下でボイラーに火を焚くのだから、これはもう、鎧代わりに火のついたストーブを着て戦いに行くようなものだ。

「せいぜい涼しいうちに決着をつけることにしよう。石炭は?」
「まだ、いくらも積んでいません。火薬もです。弾薬庫はほとんど空っぽですよ」
「そいつは手配してある。いくら冷酷な南軍司令官でも、弾薬なしで戦えとは言わんだろう」
 その弾薬庫は、機関室後方の艦底にある。中心線上に軸路があり、両側に天井までは届かない低い隔壁が向かい合っていて、ここに弾薬が収納されるのだ。すぐ後ろは倉庫で、水や食料が積み込まれることになっている。ここもまだ空っぽだ。
 ボイラー両側のバース・デッキには、中二階のようになった回廊があり、居住区になっている。ラッタルを上がると艦尾寄りに士官室があって、その先に艦長室もあるのだが、本来の場所より2層下にあるし、舷窓はまったくないので、明かりどころか換気すらほとんどない。少なくとも、快適な生活のできる場所とは言えない。下手をすると窒息する。

「ここが艦長室です」
 他よりは十分に広い部屋だが、天窓がある以外、舷窓もなければ、まだ家具も置かれていない。木の匂いが充満している。ここでは艦のどの部分が新しく造られたのか、ひと目で判る。側壁の下半分は垂直に近く、古い木材だが、途中から35度の傾斜を持つ新しい木材に切り換わっているのだ。相変わらず低い天井は砲甲板の床で、太い梁が艦を横断している。ブキャナンは何も言わなかったけれども、ここに居を定めようとは思わなかったらしい。さっさと通り過ぎた。
 砲廓へ戻り、後部の砲門から艦尾を見ると、骨組みの中に頼りなさそうな操舵機構が剥き出しになっている。上に被せる鉄板は加工中だ。
「あれだけなのか?」
 操舵リンクは、鉄骨の骨組みの中にはめ込まれているだけで、下には何もなく、海面が素通しだ。骨組みの強度も、舵を支えるのがやっとという感触でしかない。

「ここへ一発食らったら、確実に動けなくなるな」
「そうですね。これ以上の補強は…」
「難しいです。下にはスクリューがありますし、上は水面から出てしまいます。作戦時には、これはカバーの鉄板とも水面下になりますので、直撃弾の心配はないかと」
「なるほど。水の下になるのか。それならな」
「どうやって艦尾へ出るのかな?」
 装甲鈑に切り欠きを作ってまで、出入り口の扉を付けるような手間は掛けていない。そんなものは弱点にしかならないのだ。
「砲門からじゃないのか」
「かなり小さいですよ。通れないことはないでしょうが」
 ジョーンズが頭を突っ込んでみている。人が通れないほど狭くはないが、背材ともで1メートル近くも奥行きがあるから、ちょっとしたトンネルだ。気軽に出入りできる構造ではない。頭を引っ込めたジョーンズは、手に付いた松ヤニに閉口している。あちこちににじみ出しているのだが、暗くてほとんど見えない。

「上からはどうかな」
「35度の斜面をですか? 下りるのはともかく、濡れた靴で登るのは難しいでしょうね」、水兵は裸足だからいいが。
「ラッタルは付いていないのか」
「ありませんでした。必要でしょうか」
「なんとも言えんな。とりあえずは縄梯子があればいいだろう」
「艦首はどうなっているんだろう」
 砲廓の中を取って返す。なんとも狭く、50人ほどが作業をしているだけでも、いちいち避けて歩かなければならない。200人が戦闘中だったらどうなるのか。
「同じか。やはり、出るには砲門をくぐるか、上から下りるかだな」

「測深台は?」
「ありません。艦首甲板でするしかないですね」
 艦首甲板には、厚板を組み合わせただけの波切りが立っている。これがなければ、艦首波は正面の砲門まで上がってくるかもしれない。両舷に吊られた錨の錨鎖は、波切りの外側を通って、砲廓の前面にある小さな穴から艦内へ引き込まれている。
「ここも水中に入るのかね?」
「予定では、わずかに水面下になり、波切りだけが水上に残ります」
「装甲は?」
「甲板にはありません。船体側面には1インチの鉄板が張りつけてあります。艦首だけは3インチに強化されていますが」
 艦首先端には、680キログラム (1,500ポンド) の鉄の塊で造られた衝角が、60センチの長さで突き出している。まったく砲を使わなくても、これで敵艦の横腹をえぐることができるのだ。衝角は分厚い楕円形の板で、一方を船首材の形に切り欠いてあり、横に広がっている。ちょうど艦首が分厚いコインをくわえているような格好だ。

「短期間のうちに、北軍艦隊に壊滅的な打撃を与えるためには、衝角はおおいに活用すべき兵器だと考えているんだがね。砲弾や火薬の供給には限りがあるし、いくら砲弾を撃ち込んでも、簡単には沈まないだろう。敵艦の数を考えれば捕獲も難しい。1隻ずつ切り離して、連れ戻っている時間はない」
 ブキャナンは冷静に状況を読んでいる。とにかく、北軍が対抗策を考えださないうちに、封鎖を破ってしまわなければならないのだ。いったん引き上げた北軍艦隊が、再び封鎖に戻ってくるとすれば、なにかしか対策を持っているはずだ。その対策はすでに進行中であるとも聞く。『ヴァージニア』がそれを凌駕できるという保証はない。なにより増して、時間が勝負なのである。もう間もなく、そのときは来る。
 1862年2月17日、南部連合軍艦 (Confederate States Ship) 『ヴァージニア』は就役した。



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