翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第九章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




illust 1

戦闘を描いた絵画・1

 とにかくたくさんあるが、位置関係や角度などは同じものを探すほうが難しい。
 この絵では、各艦の距離が近すぎる。



第九章・承前

「敵が前へ出てきます。もうすぐ、右舷主砲列が射撃できます!」
「いいぞ、9インチ砲、しっかり狙え!」
 敵が何を考えているのか判らないが、撃てずにいた兵士たちには朗報だ。命中する砲弾は装甲に弾き返されているものの、その音は耳を聾するほどで、ただすることもなく待っているだけの兵士には、心理的負担にしかならない。また昨日のように砲門へ当たれば、ケガ人も出るだろう。
 今、斜め後ろの好都合な位置を離れ、敵は真横に並ぼうとしている。ほどなく、その円筒形の「砲塔」が、射界へ入ってきた。
「撃てーっ!」
 ガアン、ガアンと、1門ずつが間を置いて後退してくる。目標が小さいから、一斉射撃にならない。すぐに装填が始まった。

 ゴオーンと、それまでとは違う音がして、装甲鈑を支える木梁から小さな破片が飛んだ。近寄ってみると木材が裂けている。命中した砲弾の衝撃で、裏側の木材が力を分散しきれないのだ。これだと、同じところへ何度も当たれば、しまいには突き破られるだろう。
「向こうはどうだ! 貫通したか?」
「ダメなようです。砲塔が回って、砲門が見えなくなりました」
 背中を向けているのか? なぜだ?
 昇降階段を一段登り、天井から顔を出したジョーンズは、敵が砲塔の背中を向けていて、その向こう側でなにやら作業が行なわれているのを見た。故障したのだろうか。その作業が終わる前に、こちらの発砲準備ができ、狙いの定まった砲から、順次砲弾が撃ち出される。

 砲塔へ斜めに当たった砲弾は、火花を飛ばしてあらぬ方向へ弾き返され、とんでもないところに水柱をあげる。まともに砲塔へ当たった砲弾もあったけれども、凹みができただけで、砲弾はその場で破砕した。小さな黒煙は、砲弾がきちんと炸裂したのではなく、破壊されて不完全に爆発したことを示している。まだ装甲鈑の表面で正しく爆発してくれるなら、それなり内側へもダメージがあるのだろうが。
 見ている目の前で3発目が発射され、同じように跳ね返された。直後に砲塔が回りだし、砲の突き出された砲門がこちらを向く。
「そうか、敵は装填作業中の砲門が弱点になると知っているんだ。それで、ああやって弱点をこちらから逸らせているのか。…くるぞ!」
 しかし、砲塔は発砲しないままに回りすぎ、止まって戻ってきた。ややあって、こちらの4発目が準備できる間際に、閃光と煙がほとばしる。

 また凄まじい音だ。見上げる空に跳ね返った砲弾がはっきり見え、一瞬空中に浮いてから、落ちていった。球形の鉄の塊は、一部が確かに欠けていた。フラフラと揺れるように回りながら、力なく海へ落ちていく。下へ降りて砲廓の中を見れば、暗さに目が慣れるのに時間が掛かる。
「被害は?」
「破片が目に入った者がいます! 大きな損傷はありません」
 少なくとも10インチ以上はある巨大な砲弾だ。無傷で済むわけがない。
「敵が発砲するタイミングを計れ! 砲塔がこちらを向いた時に、砲門を狙うんだ。2発撃ったら、装填した状態で『待て』、だ」
「了解です。砲に俯角をかけろ。狙うのは敵艦の砲門だ。そいつがこっちを向いたら、一斉射撃だ。それまでは撃ちまくれ!」
 砲の数も、発射速度も『ヴァージニア』が勝っている。上手く砲門を捉えられれば、敵の攻撃力を削ぐこともできる。

 また2回は、まったく反撃されることなく射撃できた。およそ4分に一発だから、向こうは1回の射撃に10分くらい掛かっていることになる。
「撃ちますか?」
「いや、待て、だ。あの砲塔がこちらを向くのを待て」
 しばしの沈黙があり、敵艦の砲塔が回りだした。
「狙いをつけろ! 開いている砲門を狙え!」
 発砲はほとんど同時だった。わずかにこちらが早かったか。敵の砲弾は物凄い音を立てて装甲の上部に当たり、跳ね返って煙突を突き抜けていった。まさに風穴が開いている。その穴から煙が噴き出した。また蒸気が上がらなくなる。下を見ると、砲廓にも煙が侵入している。火災か?
「どうした?」
「煙突に亀裂が入ったようです。煙が噴き出しています!」
「砲弾が入ったのか?」
「いいえ、急に煙突が裂けたと、見ていた者が言っています」
 上に砲弾が当たった力で、下のどこかの継ぎ目が切れたんだ。なんて力だ。

… * …


 砲塔の中は煙でいっぱいだった。『メリマック』の砲弾が命中し、爆砕した砲弾の煙が、砲塔内へ侵入している。今は砲眼孔を敵から逸らせたから、これ以上にはならないだろう。
「損害はあるか! 報告しろ!」
「トマスが煙を吸い込んで気絶しました!」
「下へおろせ! くそう…キーラー主計長、敵は発砲する瞬間の砲眼孔を狙ってきている。並行砲戦は不利なようだ。砲塔に煙が入って発砲困難だから、一時退避してもらうように伝えてくれ!」
「了解! 砲は無事ですか?」
「ちょっと待て! どうだ!?」
「砲口に傷ができたくらいです。亀裂や歪みはありません!」
「よし!…砲に異常はないようだ。戦闘は続行できる」
「了解。頑張ってください!」

 また後ろから砲塔を撃たれ、不用意に壁にもたれていたストッダー航海士が、弾けるように飛ばされた。砲身に顔をぶつけ、昏倒する。かけていた眼鏡が床に転がった。
「外壁に体を接するな! 目ン玉が飛びだすぞ!」
 『モニター』は速力を上げ、『メリマック』を置き去りにしていく。緩く回る敵艦の前に出ると、艦首砲が射撃してきたが、命中しなかった。砲戦は中断し、『モニター』は体勢を立て直す。
「ミスタ・グリーン、どんな具合だ?」
 砲塔の下に艦長が顔を覗かせている。グリーンは井戸の底と話をしているような気分だ。
「艦長、敵はこちらが砲塔を向けるタイミングを計って、砲眼孔を狙っています。直撃は避けられましたが、破砕した砲弾の爆煙が入りました」

「装填はこれ以上速くならないのか?」
「いくらかは速くなってきているのですが、狭くて人数が掛かれませんから、どうしても限度があります」
「一度、ドタバタしていたようだが、何があった?…2斉射ほど前だ」
「ああ…砲塔を止めるタイミングを外して、回りすぎてしまったのです。蒸気機関ですから、勢いがついてしまうと思うように止められません。ブレーキが必要ですね」
「なるほどな。キーラー君、メモにしておいてくれたまえ。こいつには改良すべき点がいっぱいある。…砲弾は『メリマック』の装甲を突破できないようだが、装薬は増やせないか?」
「今、限度いっぱいの15ポンドです」
「そうか。どこか弱点に当たるまで、撃ち続けるしかないな。よし、以後は反航戦を主体にする。準備してくれたまえ」
「はいっ、艦長」

 直進して『メリマック』の描く円の外に出た『モニター』を、『メリマック』は追ってこられない。それをやると、先にある浅瀬がかわせないから、止まらなければならなくなってしまうのだ。旋回できるだけの水面を確保するには後退するしかないし、一度止まると、速力を回復するのに時間が掛かる。
 『モニター』はくるりと回り、敵艦の艦首側から接近する。『メリマック』の艦首には衝角がありますよ。
「あの運動性能の奴にぶつけられるのは、ちょっとした恥だな。こちらが動けないならともかく、足があればまずぶつからないよ。ピーター、君は亀に踏まれたことがあるかい?」
 問いかけた水先案内人のハワードは、顔を赤らめるだけだった。ピーターは舵取りの先任下士官で、今はこの3人が操舵室にいる。
「残念ながら、亀は飼っておりませんです。…あれだけ回らない船も珍しいですね」
「海亀のほうが、もう少し器用に泳ぐだろうよ」
「ずっと上手ですよ。こっちのへさきに衝角があるなら、ぶつけてやるんですが」

「この次までには着けておいてもらうさ。ピーター、奴のできるだけ近くをすれ違うようにもっていけ。近ければ近いほどいいが、ぶつけられないようにな」
「アイ・アイ、すれすれ、ですね。了解。…どっち側を通しますか?」
「そうだな。…『ロアノーク』のマーストン艦長は、右へ回ったのを見ていないと、ミスタ・グリーンに言ったそうだ。船にはそれぞれ癖があるだろ、ハワード君」
「はい、スクリューの回転方向とか、船体の左右バランスが原因で、そういうことは有り得ます。まったく回らないことはないと思いますが」
「得手不得手は誰にでもある。奴が右へ回りにくいなら、右側を通ろう。すれ違ったら、右へ回って奴の左回りの円の中に、右回りで小さな円を描く。次からは左側での戦闘になるな」
 『モニター』は慎重に針路を選び、敵へつっかかっていく。

 緩く回っている『メリマック』は、まず艦首砲を発射した。砲弾はわずかに砲塔をかすめ、音だけを残していった。
「真横に並ぶまで撃つんじゃないぞ」
 『モニター』の砲塔は、右舷真横に向けられている。なるべく直角に近く当てれば、それだけ有効にエネルギーが使われる。すれ違いざま、両方から6発の砲弾が行き交い、すべて命中した。すれ違うとは言っても、相対速力はやっと10ノットだ。秒速にすれば5メートルでしかない。小さな『モニター』の砲塔でも、幅は6メートルくらいある。『メリマック』の砲廓はその十倍の長さだ。これだけの近距離では当てないほうが難しい。
 この方法だと、『モニター』は砲塔を大きく回さなくても安全に装填ができる。砲塔はすぐに正面を逸れてしまうから、敵の艦尾砲も砲眼孔を狙うことは難しい。

 『メリマック』の砲弾の1発は砲塔前面へ斜めに当たり、別の1発は頂部に当たって跳ね返った。さすがに砲眼孔を狙うまではできなかったようだ。いくらか間を置いて、『メリマック』の後部砲から発射された砲弾が、砲塔の側面へ命中した。
 すれ違った『モニター』は、『メリマック』の艦尾を回り、左舷側へ出ると右回りに半回転して、離れたところを追い越しながら、『メリマック』の前へ出ていく。砲塔が装填を終えるタイミングに合わせないと、接近が無駄になってしまうから、砲塔と連絡を取りながら、描く円の大きさを調整していく。『メリマック』はべらぼうに大きな円をなぞるだけだ。
 左舷前方から接近する『モニター』に対して、すでに舵をいっぱいに切っている『メリマック』は、それ以上艦首を中へ入れられない。『モニター』へ体当たりしようにも、どうにもならない角度なのだ。

 『メリマック』の艦首砲は、斜め前左舷側の砲門から先手を取る。砲弾は砲塔をかすめて外れた。『モニター』は微妙に進路を調整しながら、できるだけ『メリマック』に近いところを通るようにコースを定める。すれ違いざま、4発の砲弾が交換された。この射撃は、『メリマック』の状態について、重大な情報を与えてしまっている。
「側面からは2門しか撃ってこなかったな」
「偶然でしょうか」
「いや、こんな都合のいい偶然はあるまい。装填する時間はたっぷりあったんだからな。おそらく奴は、左舷側の砲を損傷しているんだ。昨日、『カンバーランド』と『コングレス』にかなり撃たれたらしいからな」
 抵抗は虚しかったが、無駄ではなかったのだ。



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