翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第十四章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862
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装甲艦ガレナの上甲板
右下に砲が見え、舷側が湾曲しているのがわずかに判る。煙突に被弾痕があるのに注意。
第十四章
徒歩で川沿いを遡った『ヴァージニア』部隊は、ようやくドレウリー・ブラフの要塞にたどりついた。彼らはここで砲台の一角へ配置され、やがて攻め上ってくるであろう北軍艦隊を待ちうける。指揮はジョーンズに任され、タットノール提督や砲兵隊は、さらに進んでリッチモンドのほうへ向かっていった。
ドレウリー・ブラフ (崖) は、大きな岩盤が露出しているために川がそれを回り込んで屈曲している、ジェームズ川の難所のひとつだ。ここを過ぎると、もうリッチモンドまでは一直線に近く、距離も9マイル (約15キロメートル) そこそこしかない。
崖には200フィート (60メートル) ほどの高さがあるけれども、よじ登れないような急峻な斜面ではなく、歩いてなら登っていける程度だ。その上にはダーリング要塞が石壁を巡らせている。水面からは角度があり、軍艦の舷側砲門に装備された砲は、要塞の砲眼へ当たるだけの仰角をかけることができないから、上甲板に装備された砲くらいからしか、有効な射撃が行なえない。上からはすべてを見下ろして、好きなように射撃できる。
両岸に築かれた要塞は、川の屈曲点に焦点を合わせ、通過しようとする船に十字砲火を浴びせられる。どんな船でも、かつて敵対したまま通り抜けられるものはなかった。
崖の近く、上の砲台からは射撃できない位置を通過しようとすれば、水中に沈められた障害物に船底を破られるか、対岸の低い位置に置かれた大砲から縦射される。
そもそも吃水の問題から、大型艦は川へ入ってこられず、ここまで遡れるのは小型のスループがせいぜいだ。それも流れに逆らってだから、自由には行動できない。風向きを選び、被害を覚悟で突っ込まなければならないのである。
帆船の時代には、まったく難攻不落だった。蒸気船が出てきたことで、砲台から撃たれる時間は短くなり、致命傷を受けずに突破できる可能性は高くなっている。それでも、エンジンかボイラーに一発食らえば、流されるだけになって袋叩きにされるし、浅瀬に乗り上げればバラバラになるまでめった撃ちだ。しかし、装甲艦に対応した装備というものは、それがどんなものなのか誰も知らず、これという手立てがあるわけではない。
慣れているだろうということで、ジョーンズの指揮する班には、9インチ・ダールグレン砲があてがわれた。
「『モニター』はどうなのでしょう」
「さてな、あいつがこういう要塞に対して、どれほど準備されているのかは判らないからな。いずれ、ここにある砲では、横から撃って致命傷は負わせられまいよ」
小さい砲では、よほど至近距離からでなければ効果はないだろう。9インチ砲でも、距離はどうしても遠くなる。『ヴァージニア』と違って動けない要塞では、自分から近付くことはできないのだから、まず普通には撃退できない。
「まあ、1隻だけ通り抜けても、どうなるものでもないからな」
たかだか100人かそこらが上流へ抜けても、何ができるわけでもない。他の艦隊がついていけなければ、持っているものでしか戦えないのだから、戦力にはなるまい。下手をすれば、逆に艦を奪取され、矛の向きを変えられるハメになる。そんな無謀はするはずがない。
上から撃ち下ろされる砲弾に対して、『モニター』にはどれほどの防御力があるのだろう。近くから見た限りでは、甲板は鉄板張りだった。厚みは判らないけれども、砲で撃ち抜けないほど厚くすれば、浮いてはいられないはずだ。しかし、砲のほうも、真下を撃つようなことはできないし、そういう位置へ持っていくこともできない。
この要塞の地形では、最も接近しても、せいぜい十数度の俯角だろう。それでも、そのための能力を持った砲架を備えていない砲は、そんな俯角をかけて発射することができない。砲架から砲が外れてしまう。通常の砲を臨時に用いる場合には、後ろ上がりの急な斜面に砲架を乗せ、砲架そのものを傾けるのだ。発砲で後退した砲は、重力で勝手に前進してくれるものの、装填はやりにくくなる。
臼砲も何門かあるけれども、水上の一点に近い船には、まず砲弾が無駄になるだけで、当たるのは偶然としか言えない。木造艦では一発が致命傷になりかねないから、船のほうでも射程に入りたくはないだろうが、甲板の鉄板が砲弾を跳ね返せるなら、恐れるほどのものではあるまい。
ジョーンズたちは、要塞の最も川上側にあたる位置をあてがわれた。下流側は標点射撃の必要があって、その訓練を受けている部隊が受け持っている。すでにいくつものポイントが、射程を正確に計られているはずだ。彼らはここを突破できると考えているのだろうか。
部隊は、自分たちの砲廓に特別な旗を立てる。『ヴァージニア』に掲げていたもので、他の旗とは微妙にデザインが異なっている。
「北軍艦隊が来ます。『モニター』も一緒です」
「来たか。艦隊の規模は?」
「旗艦は『ガレナ』 Galena という、これも装甲艦だそうですが、詳細は判りません。指揮官はロジャース提督です」
「彼か。他には?」
「『モニター』と、『ヌーガタック』 Naugatuck という艦です。ご存知ですか?」
「いいや、…『ヌーガタック』、…どんな艦だ?」
「それはさっぱり。知らせがあったのは名前だけです。他は以前からジェームズ川艦隊にいた小型艦ですね。『ポート・ロイアル』 Port Royal と『アルーストック』 Aroostock です」
「そいつらは問題にならんな。装甲艦『ガレナ』と、『ヌーガタック』か、…なんだろう」
… * …
ジェームズタウンの手前で合流した艦隊は、新参の装甲艦『ガレナ』を旗艦とし、『モニター』と若干の砲艦で構成されていた。艦隊を率いるロジャース提督は、狭くて艦隊指揮など考えることもできない『モニター』ではなく、一応は通常の形をしている『ガレナ』に将旗を掲げる。
『ガレナ』は、『モニター』を海軍へ売り込んだブッシュネルが考案した装甲艦で、あまり大きな船ではない。長さは64メートル (210ft)、幅が11メートル (36ft) で、吃水は3.35メートル (11ft) と小さい。砲は上甲板に6.4インチ前装パロット・ライフル2門、砲甲板に9インチのダールグレン滑腔砲4門で、片舷に集中して運用することができる。特徴的なのは装甲の張り方で、船体の形状ともども、本艦独特のものである。
舷側は大きく内側へ傾斜し、曲面を成している。吃水線付近では垂直に近いが、上甲板では水平面から40度くらいだろうか。ここに76ミリ (3インチ) の装甲を張っているのだが、珍しいのはその装甲鈑の形状で、複雑な形をした2枚がワンセットになっている。片方を下地の木材に固定し、それと凹凸を組み合わせるように造られたもう一方をネジで止めていく。このセットを、ちょうど屋根瓦を葺くように重ねていくのである。
1枚の装甲鈑は長く、幅が狭い。長さを水平方向にして取り付け、上に次の装甲鈑を重ねると、上の板が下の板の取り付け部を覆い、直撃弾でリベットが飛び出してくるような事態が防げるのだ。
帆装も装備していたが、建造されたコネチカットからハンプトン・ローズへの航海を終えると同時に撤去されている。後檣も取り外されたが、前檣は残され、高い位置に見張り台のゴンドラを取り付けられた。
ジョーンズが知らなかった『ヌーガタック』は急造された小型砲艦で、艦首に大口径のライフル砲を1門積み、1メートル以上もの厚さの木材で防御している。タットノールによる4月の出撃のときには、すでに北軍艦隊に加わっていたのだが、南軍には知られていなかった。
艦隊は『ガレナ』を先頭にして、ジェームズ川を遡っていく。春のジェームズ川は、穏やかな日差しの中、まったく平和そのものに見えたが、川岸の茂みや立ち木は、もし狙撃手が隠れるつもりなら絶好の位置にあり、艦隊では油断なく両舷に目を光らせていた。
川とは言っても、チェサピーク湾一帯は実質入江の場合が多く、ジェームズ川の場合では、ハンプトン・ローズから100キロメートルほどのホープウェルあたりまでは入江であり、潮の干満もある。川幅は狭いところでも500メートルを下らず、広い場所では数キロほどにもなった。そこからさらに30キロメートル以上あるリッチモンドまで、十分な水運が確保できるのだから、途中に急流など存在せず、イメージは川とはほど遠い。
川沿いには大きな農園が点在して、綿花を中心に様々な農産物が生産されていた。今はその多くが放置された状態で、避難したのか人影のない農家も珍しくない。
入江にあたる部分の末端に近い、シティ・ポイントに差しかかると、とある農園から煙が上がっているのが見えてきた。
「火事でしょうか」
「そういう雰囲気でもないな。もうじき見えるだろう」
さらに遡ると、そこでは野積みにされた樽のようなものが燃えているのだった。望遠鏡を向けたキーラー主計長は、苦労してピントを合わせている。
「タバコだな。…樽に行く先が刷りこんである。…ドイツ、ブレーメン行きだ」
風下へ入ると、特有の甘ったるい匂いに包まれる。トフィーがくんくんと鼻をひくつかせて悲鳴をあげた。
「高級品ですよ。うわー…もったいない」
「拾ってくるかい? 鉄砲玉のオマケが付いてくるかもしれないぜ」
「置いていかれると泳がなくちゃなりませんからね。諦めましょう」
軽く200樽以上あるだろうか。いったいいくらになるのかな。こんなものを燃してみても、何も意味はないだろうが、拾った我々が商売にするかと思えば、ただ置いていくのも許せなかったのだろう。戦争がどれほどの富を無駄にするか、恐ろしくて計算などできないな。
艦隊はさらに日没後まで進行し、ドレウリー・ブラフの数マイル南、デビルズ・リーチに錨を入れた。リッチモンドの南20キロメートルほどの地点である。ここまで来ると川幅はだいぶ狭くなり、川岸からの奇襲攻撃が有り得るので、各艦とも見張りを立て、油断なく夜を過ごす。各艦の艦長は旗艦に呼ばれ、翌日の襲撃方法が打ち合わせられた。
… * …
「これは、…高いとは聞いていましたが、これほどとは。…艦長、これではまったく仰角が足りません。『モニター』の砲では、あの砲眼は撃てません」
「うーむ、これほどとはな」
前夜の作戦会議で指定されたように、旗艦『ガレナ』の下流側へ錨を入れるべく接近していくのだが、ダーリング要塞は水面から60メートルほどもの高さがある丘の上にあり、『モニター』の砲塔からはまったく射撃ができない。限界まで仰角をかけても、ずっと下の岩の壁を叩くだけだろう。
旗艦が錨を下ろすと、さっそく砲弾が飛んできた。最初から旗艦のすぐ近くに水柱が立つ。すでにポイントを決めて諸元が取られているのだろう。背景に何もない海岸ならともかく、川には目標が多すぎる。
『ガレナ』は錨索にスプリングを取り、舷側砲からも要塞を射撃できるように、艦の向きを変えている。やがて撃ち返しはじめたけれども、砲の数が違う。たちまち水しぶきしか見えなくなってしまった。『モニター』へは、『ガレナ』へ向けられない砲だけが射撃をしているようで、ろくに砲弾は飛んでこない。『ヌーガタック』も前進して位置に着いたが、艦隊の他の非装甲艦は、射程に入らず様子を窺っている。
「また命中しました! 『ガレナ』は撃たれっぱなしです」
「だいじょうぶかな。いくら装甲があるといっても、あんなに撃たれたんじゃ…」
『ガレナ』の砲弾は、6.4インチ・ライフルも要塞の胸壁にやっと届くくらいが関の山で、9インチ砲弾は岩を飛び散らせるだけか、土煙に化けてしまう。効果があがっているとは思えない。
「ダメだな、こりゃあ」
要塞に砲弾が当たらないのだから、向こうは弾と火薬を消耗しているだけで、損害が出ていないだろう。それでは、いくら頑張っても意味はない。射撃の練習台になっているだけだ。
「また命中弾です。装甲が弾け飛んでいます!」
『ガレナ』の装甲は、砲弾が当たると完全に跳ね返しきれず、鉄板が折れて飛ぶのが見える。あれでは内側にも損傷が発生するだろう。
「救難信号に注意していろ。動けなくなっていても、こちらにはすぐには判らないからな」
川面には硝煙が立ちこめ、泥混じりの水が噴き上がる。
「『ガレナ』が前進しています!」
さらに距離を詰めるつもりなのか? 接近すればそれだけ仰角の不足は顕著になり、撃たれるだけになってしまうというのに。
『ガレナ』は止まり、まだ砲撃を続けている。ロジャース提督が勇ましいのはよく判ったけれども、これは蛮勇だろう。いくら装甲があるとはいえ、無傷では済まないし、敵に損害を与えているとは思えない。
「『ガレナ』は座礁していますね。いくらか傾いています」
船に慣れた目からは、微妙な状態の変化が見て取れる。
「浸水したんじゃないのか」
「揺れていません。底をついているように見えます」
『ガレナ』の吃水は、『モニター』とあまり変わらないから、あの近くまで行けば、こちらも座礁する可能性が高い。
「予備錨を入れていますから、じきに動けると思います。悪いほうへ傾いているんで、砲は役に立たないでしょう」
反対側ならともかく、仰角を相殺する側に傾いでいる。『モニター』の操舵室スリットからだと、丘の上はギリギリ見えるくらいだが、砲弾はそれよりずっと下に土煙を上げるだけだ。
『モニター』の後方では『ヌーガタック』も砲撃を行っていたけれども、突然煙に包まれると、そのまま射撃を止めてしまった。あとで聞いたところでは、砲が破裂したのだそうだ。
やがて、『ガレナ』に召還旗が上がり、ようやく川底から離れたのだろう、ゆっくりと動き出した。
「エンジン始動! 錨を上げる。要員は配置に付け!」
ゆっくりと前進しながら、巻き上げ機のハンドルを上下に動かすと、ラチェットの噛む音と共に錨鎖が縮まり、艦は自由に動けるようになる。
結局、3時間半にわたった戦闘で、『ガレナ』は左舷に13発、甲板に3発の命中弾を受け、13名が戦死、11名が負傷していた。一部の砲弾は不十分な装甲を貫通して大穴を開けており、装甲はけっして無敵ではなく、砲弾の威力との相対的な存在であることが示されている。
『モニター』では、3発が砲塔に命中しただけで、装甲が凹んだ以上の被害はない。しかし、明白な戦果もなく、艦隊は完全に撃退されただけだった。陸軍はドレウリー・ブラフなどはるかかなたで、強固な川岸要塞に対する水上戦力だけの攻撃には、なんら意味がないとはっきりした。
… * …
ジョーンズたちが配置されていた砲塁は、かなり上流側にあったために侵攻艦隊へ砲を向けるには至らず、何発か試射しただけに終わった。『ヴァージニア』と『モニター』の再戦は、そうとは言い難いものではあったけれども、結局可能性だけに終わり、砲弾の交換は行なわれていない。
この後、『モニター』は河口へ戻って封鎖任務にあたり、ジョーンズの部隊は散りぢりになってしまう。『ヴァージニア』の軍艦旗も、誰が持っていったものだか、行方は知れない。
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