三脚檣写真帖 (6)
Photo Album 06 (Ram)



 ようこそ三脚檣写真帖へ

 ここでは昔の軍艦の写真を中心に、普通の書籍やホームページでは取り上げないような、一風変わったものを集めてお目に掛けます。

 このページでは、19世紀の軍艦に特徴的だった衝角 ram を取り上げます。位置づけとしては立派に「兵器」なのですが、基本的に水中にある装備品なので、あまり写真に撮られることもなく、近現代の軍艦を見慣れた目からは、艦首が下へ向かって突き出しているという、一種異様な形態とも思えるでしょう。まあ、それがどんなものだったのか、とくとご覧あれ。



French Solferino

 フランス装甲艦『ソルフェリーノ』(Solferino 1861)のイラスト

 艦首飾りのページで紹介した、『マジェンタ』の同型艦のエッチングです。鋭い衝角にご注目ください。フィギュアヘッドの鳥もたいしたものですが、これじゃ鷲というより、育ちすぎの雌鶏って感じですね。クチバシをちゃんと描かないから・・・


stem casting

 衝角の「骨」

 なんか魚の骨みたいに見えますね。衝角はこんなふうに船首材と一体化して鋳造されました。もちろん、強度確保のためです。


Itarian Re d'Itaria

 イタリア装甲艦『レ・ディタリア』(Re d'Italia 1863)

 アメリカでの進水式風景。木造船体の艦首に取り付けられた鉄の塊が、木造船衝角の典型的なものです。後付だと『ソルフェリーノ』のように一体型には造りにくいので、こういった形状になります。これはまあ、それで突き沈められたほうを紹介するという、皮肉ではあります。
 記事によっては、この衝角に「巨大な」という形容詞が付いているのですが、現物を見れば大きくても、船体と比べるとずいぶん小さく見えてしまいます。


HMS Orion

イギリス衝角艦『オライオン』(Orion 1876)

 元々はトルコ向けに建造された艦で、大口径砲も持っていますが主兵装は衝角であり、非常に強力に造られています。『ソルフェリーノ』や『レ・ディタリア』のものが吃水線付近にあるのに対し、これは舷側装甲帯を避けて、その下を突くように造られています。
 この艦の主砲は12インチ前装施条砲で、砲廓の四隅に1門ずつ、4門を装備していました。1門が38トンもあるんですが、操作の一切は人力だったと言われます。戦車の目方だよね。


HMS Agamemnon

 イギリス中央砲塔艦『アガメムノン』(Agamemnon 1879)

 当時としては控えめなほうでしょうか。イギリスの主力重装甲艦では、この形が10年ほど続きました。船体の形状には大きな影響がなく、船首材を前方へ延長して補強しただけとも見えます。


SMS Baden

 ドイツ装甲艦『バーデン』(Baden 1880)

 ここまで凶悪な衝角もめったにないでしょう。切っ先までついてます。江川達也さんの漫画「日露戦争物語」で、船体がほぼ同型である清の『定遠』の衝角が、あたかも刃物であるかのように描かれておりましたが、実際にこれとほぼ同形状で、けっして漫画的誇張ではありません。ただ、これだけ尖らせると腐食も速いはずなんですが。


HMS Polyphemus

 イギリス衝角艦『ポリフィーマス』(Polyphemus 1881)

 イギリスが1882年に完成させた体当たり専門艦です。艦首底には2枚の舵が並んでいて、運動性の向上に意を尽くしているのがわかります。衝角は円柱を突き出したような構造ですが、この中には魚雷発射管が仕込まれていて、先端は蓋になっています。
 こういう虻蜂取らずは珍しくない時代ですけど、こんな蓋や発射管が、体当たりしても無事だとどうして考えられるのでしょう。ちなみに舷側にも水中発射管があり、合計5門を装備していました。艦上には小口径の機関砲しか持っていません。
 類似艦はアメリカにも『カターディン』があり、こちらは小口径砲だけのほとんど非武装軍艦でした。米西戦争では艦隊に加えられましたが、サンチャゴ沖へ到着する前に、スペイン艦隊は全滅してしまいました。


USS Maine

 アメリカ装甲艦『メイン』(Maine 1889)

 その米西戦争の引き金になった艦です。当時スペイン領だったキューバのハバナ港で、突然爆沈しました。沈んだ艦の写真が多いのは、特に他意はなく、そういう艦の写真が手に入りやすいというだけです。おそらく進水時の写真は、ほとんどの主力艦が撮られているはずですんで。
 これは進水式セレモニーの中でもクライマックスと言える、シャンパンのビンを船体に打ち付けて割る瞬間です。長い髪を太い三つ編みにした(若い)女性が名付け親になって命名し、ビンを割ると同時に、船体が進水台を滑り降りていくわけです。昔は一大イベントで公開されるのが普通であり、万単位の観衆が集まりました。
 この当時の写真技術で、動きのあるシーンをこれだけ鮮明に捕らえるのはかなり困難なはずですが、見事に一瞬を切り取っています。


SMS Kaiserin Elisabeth

 オーストリアの防護巡洋艦『カイゼリン・エリザベート』(Kaiserin Elisabeth 1890)

 衝角はだいぶ控えめな形状です。航海能力に悪影響のある衝角は、巡洋艦にとっては難しい装備で、できるだけ負担にならない形状を選ばなければなりませんでした。
 艦首飾りのページで紹介した、同時期の日本巡洋艦『高千穂』のそれも、これに近い形状です。それなり鋭さはありますが、横方向への強度は小さく、簡単に曲がってしまうでしょう。


 さて、ここからは今回の企画の目玉、1893年6月22日にイギリス海軍地中海艦隊で発生した、大型装甲艦同士の衝突事故を扱います。艦隊運動中に、旗艦『ヴィクトリア』と『キャンパーダウン』が衝突し、前者が沈没してしまったのです。死者は359名にも達しました。



HMS Victoria

 イギリス装甲艦『ヴィクトリア』(Victoria 1887)

 マルタのドック内で撮影された写真。常備吃水は8.2メートルほどですから、後の戦艦と比べればけっして深くないわけで、上甲板の人の背丈と合わせ、いかに乾舷が小さいかを実感していただけるでしょう。
 艦首紋章の下に魚雷発射管がありますが、その両側で短く棒状に突き出したものが何であるのかは不明です。飾りにしては変ですし、水雷防御網と関係するのかなあ。錨泊時、艦が振れて錨鎖が反対舷へ回ったときに、艦首の紋章を乗り越えないための押さえかもしれません。


Victoria's damage model

 『ヴィクトリア』沈没時の状況模型

 白い部分が破口を表しています。かなりの深手ですが、このときは艦隊運動中で、司令長官の有り得ない命令により、起きるはずのない事故になったものです。詳しくはそのうちに連載でもしましょう。
 この事件は夏を迎えた暑い日に起きたので、換気目的で艦内外のほとんどの扉が開放状態だったため、浸水を局限できなかったのも沈没の一因とされます。

 衝突した角度は真横を過ぎた100度ほどで、さらに20度くらいこじるように『キャンパーダウン』の艦首が引きずられましたが、破口は拡大せず、『キャンパーダウン』が後進をかけていたために離れてしまいました。この離れたことが、『ヴィクトリア』の沈没を早めたとも言われます。


Victoria's last moments

 『ヴィクトリア』沈没の瞬間

 あまり気持ちのよい写真ではありませんが、有名なものでもあります。左側に写っているのは、脱出者救助作業中の僚艦『ナイル』です。艦隊内では『ヴィクトリア』のすぐ後ろに位置していました。その後甲板全体には天幕が張られており、日差しが強かっただろうことが推測できます。
 不名誉な出来事なのと、とんでもない命令を発したトライオン中将自身も死亡したため、責任の追及には様々な問題が残りました。


HMS Camperdown

 イギリス装甲艦『キャンパーダウン』(Camperdown 1885)

 僚艦『ヴィクトリア』を突き沈めた下手人の証拠写真です。水中の衝角部分はあまり損傷しておらず、犠牲者の柔らかな下腹をえぐったわけです。壊れたのは堅い舷側装甲にぶつかった吃水線付近で、装甲艦の衝角戦術に伴う危険と、その対策を立てるべき部分が明示されております。
 本艦も乾舷が低く、かなりの浸水があったために、一時は沈没の危険もありました。写真で白く上下を隔てている線が吃水線です。


 ここからはオマケ



French Davout

 フランスの防護巡洋艦『ダヴー』(Davout 1889)

 ドーンと突き出した艦首が印象的なフランスの巡洋艦群ですが、これは純粋な衝角ではなく、速力発揮に有利になるよう、できるだけ船殻重量を増さずに水線長を稼ごうとする、タンブルホームと同種の発想から出た形状です。プラウ・バウと呼ばれますが、和訳は豚鼻艦首という、あまりカッコよくないものです。
 無論、衝角としての機能を持っていなかったとは言い切れないのですが、ご覧のように先端は吃水線にあり、幅が狭くて左右に補強もなく、航海性能が優先しているのは間違いありません。


execise

 衝角突撃に備えよ! Prepare to ram!

 衝突直前、艦橋からの命令によって、乗組員は衝撃に対し安全な姿勢をとります。この写真はその訓練の様子で、砲員は顔を艦首へ向けて腹ばいになり、転倒したりしないように身構えてその瞬間を待つわけです。平時の訓練ですから、乗組員の顔にも緊張感はなく、どことなくのんびりした雰囲気です。訓練対象でない乗組員は、われ関せずといった態度で突っ立っているし。
 写真では、装填を待つ砲弾が何の支えもなく甲板上に立ててありますが、当然ひっくり返って転がるでしょうね。これはせいぜい6インチ砲くらいだからいいけど、大口径砲ではエライことにもなりかねません。


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