翼をなくした大鷲 CSSヴァージニア物語・第四章 Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862 |
第四章・承前
機関室界隈の両舷には、いくつかマンホールがある。錨のものよりずっと小さく、明かり取りよりは大きい。場所からしても石炭の投入口だろう。甲板よりいくらか窪んでいる。
「甲板には、全体に1インチの鉄板が張ってあります。上から撃ち下ろされても、穴が開かないようにです。実際には半インチの板が2枚重ねられています」
予定では2インチだったのだから、足りるのかどうかは疑問だな。船体側面の装甲も、6インチの予定が一番厚い部分でも5インチにされ、段階的に薄くなって一番下では3インチしかないはずだ。まあ、海面から30センチしか高さがないのでは、めったに当たりもしないだろうが。さらに艦尾へ進むと、ここにも蓋がある。横長の四角い蓋は外されており、中が見えた。
「下はスクリューです。点検用ですよ」
覗きこめば、確かにスクリューが見える。今は4枚ある翼のうち、1枚が水面から顔を出している。
「スクリューの直径は2.7メートルあります。ちゃんとした吃水になれば、ぎりぎり水面下へ沈みます」
「ぎりぎり? それでは、空気を巻き込んでしまうだろう」
「よくご存知で。わが師匠は偉大な方でして、ちゃんとそのことも考えられています。この下は、船体が上向きに窪んでいまして、普段は空気が溜まっています。この蓋は、ご覧のようにパッキンが付いており、しっかりと密閉できるようになっています。閉めた状態でスクリューを回しますと、窪みの中の空気は水の流れに乗って、後方へ吐き出されますから、くぼみの中は水でいっぱいになります。ほら、スクリューはめでたく水の中で回り、空気は吸い込まれないのです」
見事なものだね。あの突慳貪なエリクソンの自信には、過剰なだけではない裏付けがあるのだな。
「ご理解いただけば、素晴らしい頭脳なのですよ。では、艦内へどうぞ」
砲塔の前へ戻り、天窓から艦内へ降りる。6メートル四方くらいの部屋の周囲に、扉がズラリと並んでいる。
「周りは准士官の寝室と倉庫です。ここは水兵の居住区。前のほうにある扉が士官の居住区に繋がっています。艦長室もそちらですが、いずれ普通の船に比べれば極端に狭いものです」
扉を開けると、士官室というのは個室の入口前の踊り場みたいな場所で、テーブルと椅子を置いたら後ろを通るのさえ大変そうだ。それでも個室は8人分しかなく、下級士官はここにハンモックを吊る。さらにその前側が艦長室で、中央の通路を挟み、左右に寝室と執務室が分かれている。ここからは床が階段ひとつ分くらい高くなっている。
ちょうど船体の下半分、カイバ桶の先端がすぼまっている部分だから、床を高くして面積を稼いでいるのだろう。その分、天井は低くなるが、『モニター』はもともと内部が1層しかないので、天井は比較的高い。背を屈めなければならない部分はいくらもないのだ。
通路の艦首側はカーテンで遮られ、その先は錨鎖庫だった。錨を巻き上げるウインドラスが天井からぶら下がっている。大きなハンドルがついていた。
「これは人力です。ここにまで蒸気機関を取り付けることはしませんでした」
錨鎖庫の手前に上へあがるラッタルがあり、先ほどの操舵室へ登れるようになっている。天井には前後方向に索が走っており、どうやら舵輪と舵を繋いでいるようだ。
「艦長室は艦尾ではないんだね」
「さきほどのスクリューの周辺には、人間が生活できるだけの空間がありません。高さ1メートルに満たない空間で、這いつくばって生活なさりたいとおっしゃるなら、止めませんが」
止めてほしいね。こいつの乗り組みに志願する立場でなくてよかったよ。後ろへ戻ると、水兵の居住区後方には頑丈そうな鉄製の隔壁がある。ずらりと並んだリベットがいかめしい。
「この隔壁は、上に砲塔を載せています」
フレームがY字形に組まれたがっちりとした造りで、中央になにやら仕掛けがあり、頭の上には大きなギヤが見える。
「裏側を見ましょう。頭に気を付けて」
隔壁にはくぐり穴があり、後方へ行くとなにやら機械が並んでいる。水密扉はないんだね。
「意味がありませんので。…一区画でも満水したら、この艦は浮いておりません」
「そうか…予備浮力はないも同然なんだ」
「そういうことです。それは旋回用の蒸気機関、こちらはジャッキです」
「ジャッキ? 何に使うんだい?」
「砲塔を持ち上げるのです。この砲塔は、甲板の窪みにしっかりとはまり込んでいましたよね。大砲ともで120トンほどもありますから、押しても引いても動きません。どんなに強力な蒸気機関でも無理です。そこで、このジャッキで全体を持ち上げます。すると、重量はこの中心軸だけに掛かりますから、回すことができるのです」
「ははあ…ローラーかなにかは使えなかったのかな」
「回転橋に使うものがあるのですが、この砲塔には適合しません。…あれは中心軸にネックレスがあって、ローラーが放射状の長いシャフトで軸に繋がっています。ですから、下と交通できなくなってしまうんですよ」
「はて…ネックレスと繋がっていないものもあったはずだが…」
「それは…なにか別な問題で使えないような…私もよく知らないんです」
ジョシュア君はしどろもどろだ。何か裏がありそうだな。まあ、いずれここに間に合うわけじゃない。追求してみたところで、得るものはないだろう。
「…なるほどね。人力でも動くようだね」
「動かせなくはありません。相当に重いですが」
そりゃそうだろ。120トンだと? 人の力で扱う目方ではないな。
砲塔の直後にはボイラーがあり、さらに後方にエンジンがある。ボイラーは背が低いだけで、どこといって特別なものではない。両舷に炭庫があり、焚き口が艦尾を向いて並んでいる。
「このエンジンも、エリクソン師匠の開発になります。ヴァイブレーティング・レバー・エンジンと言います。どうです、巧妙な仕掛けでしょう」
トランク・エンジンの一種だな。『メリマック』のエンジンに似ている。あちらはトランクではなく、普通のシリンダーで、コンロッドがリターンに付いていた。いずれコンパクトにまとまったエンジンだ。レバーの付き方が違うんだな。こちらのほうが、より小さくまとめられている。天井にはブロワーがあり、艦内に空気を送るダクトも取り付けられている。
「砲塔の中をご覧になりますか?」
「是非お願いしたいね。そうそう機会はないだろうから」
先ほどの水兵居住区には、砲塔へ上がる昇降口がある。近くには砲弾を積むラックが用意されていた。火薬は脇の倉庫にあるそうだ。砲が少ないから、たいした量ではないという。砲塔への昇降口は、甲板の穴と砲塔の床の穴が位置を合わせており、これでは当然、砲塔が横を向いているときには昇降できない。
登っていくと、砲塔の床下にはけっこうな厚みがあり、太い梁が入っていて、空間もある。人間が寝そべって入れるくらいだ。
砲塔の中は、思ったより明るく、広々としていて、直径は6メートルほどもある。まあ、まだ大砲が収まっていないのだから、当然ではあろう。ここにも砲弾置き場と思われる設備があった。中心に柱が立っていて、その上には砲塔を横断する頑丈そうな梁が乗っている。これも、中心軸で砲塔全体を持ち上げるために必要なのだろう。
天井にあるのは、その梁だけで屋根がない。まるっきりの青天井だ。周囲の壁に出入口は見当たらない。砲眼孔からでも外へ出られそうだが、砲がここにあると難しいかもしれない。ジョシュア君は勝手に説明を続けている。
「…砲弾は、ムクの鉄球ですと168ポンド (76キログラム) の重量があります。炸裂弾は135ポンド (61キログラム) です。一人では持ち上げられませんので、二人がかりで持ち上げ、装填します。ちゃんと専用の砲弾ホルダーも作られていますよ。…これは砲門の蓋です。当然、敵はこういう開口部を狙って攻撃してくると思われますので」
蓋は涙滴型の厚板で、砲門内側の真上に上端を吊られており、ロープを引くと滑車を使って側面を引っ張るようになっている。今は斜めに持ち上がって、大砲を突き出す隙間ができているわけだ。さぞかし重いだろうな。
「目方ですか? はて、どのくらいあったかな。一人じゃ持ち上がりませんよ」
「そりゃそうだろ。そんなに軽いものだったら、役に立たない。…天井は開け放しなのかい?」
「いいえ、格子状の天蓋が被さります。今はまだ砲を積んでいないので、取り付けていないだけです。上へあがれれば、見晴らしが良いのですが」
「そうだね。この床はずいぶん厚いんだな」
「砲塔の重量は、大半が周囲の装甲鈑です。回すときには、その重量がすべて中心軸に掛かりますので、床下には丈夫な梁が入っているのですよ」
ローラーを上手く使えば、この厚みは砲を支える分だけでよくなるはずだ。エリクソンほどの人間が気付かないはずはないから、なにか別な問題で使えないのだろうな。いったいなんだろう。
…パテントか。誰かに特許を押さえられているのかな。彼はその面ではだいぶ手痛い目に遭っているから、慎重になったのかもしれない。命のやりとりをする道具の開発に、特許など気にしていたら効率が悪くなるだけだが、彼にとっては戦争の持つ意味が違うのだろう。自分の名声、利益に繋がらないなら、汗を流すだけ無駄で、ましてや命を賭けるなど考えもしない輩は、いくらでもいるからな。彼の場合、海軍は敵だったのだから、用心深くなるのは無理もないことだ。
今は空っぽの砲塔に、まもなく11インチ砲が積み込まれる。情報によれば、南軍に回収された『メリマック』は、もうあらかたできあがっているそうだ。大至急、この『モニター』をチェサピーク湾口へ送らなくてはならない。すでに艦長は指名されている。ウォーデンという男だ。
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