翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第七章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




Virginia rammed Cumberland

カンバーランドを衝撃するヴァージニア




第七章・承前

 ガラガラッとハデな音がして、黒い砲弾が目の前にあった。装甲に跳ね返された砲弾が力なく空中に浮き、海中へ落ちる。もの凄い音と共に、今度は右舷側の『コングレス』から一斉射撃の砲弾が飛来する。
 水柱に取り囲まれ、何発かは命中したが、やはり砲弾はゴムボールのように弾んで空中へ跳ね返され、無害に海へ落ちていった。普通の木造艦でこんな射撃を食らったら、膝へきて立ち上がれないような状態になるだろうが、装甲は見事に打撃を跳ね返している。
「反撃しろ。一斉射撃だ!」
 とは言っても、側面へ射撃できるのは、9インチ砲3門と6.4インチ砲1門だけだ。それでも、発射された砲弾は見事に『コングレス』を捉え、砲門のひとつを何もない穴に変えてしまった。火災が発生する。
「やったぞ、ざまあみろ!」
「砲廓の諸君! 見事な射撃だった。もう一発お見舞いしてやれ!」
「まかしといてください、艦長!」

 一方では艦首砲が射撃するたびに、『カンバーランド』で砲弾が炸裂する。木造艦に対して炸裂弾の威力は絶大だ。『カンバーランド』の上には死傷者が積み上がっているに違いない。『ヴァージニア』はぐんぐん接近していく。もう300メートルくらいしかない。
 『カンバーランド』の次の射撃が、また命中した。砲弾は跳ね返される。
「艦長、艦首に損害です! 左舷側の砲門に敵弾が命中しました。破片で二人やられました!」
 数が足らず、砲門に蓋ができなかったところだ。なにもよりによって…砲は正面の砲門へ向いていたから、損傷はない。飛び込んだ破片にやられただけだ。
「ひるむな、突撃!」
 『カンバーランド』の甲板で、水兵が逃げ惑っている。一直線に向かってくる敵に対して、どう対処すべきなのか判らないのだろう。帆船がこんな突っ込み方をすることなど有り得ない。それでも、砲甲板はパニックを起こしていないようだ。不揃いではあるが、斉射がまた『ヴァージニア』へ命中した。

 ガシャーンと異質な音がして、足もとの砲廓が大騒ぎになる。
「どうした!?」
「敵弾が砲に命中しました! 9インチ砲がひっくり返ったんです!」
 左舷へ突き出していた筒先に命中したのか。なんと珍しい。しかし、抵抗ももう終わりだ。すでに100メートルとない。ブキャナン艦長は、冷静に鐘を三つ鳴らした。エンジンが止まり、逆回転を始める。スクリューが水の流れに逆らい、艦に振動が走るが、まだ前進していて『カンバーランド』の舷側が迫ってくる。
「衝撃に備えろ! ぶつかるぞ!」
 『カンバーランド』の周囲には、破壊工作や奇襲切り込み隊のボートを接近させないための、丸太でできた防材が浮かべられているものの、4千トンの『ヴァージニア』にはまったく意味がなく、ひと押しで突き破られた。

 バリバリッと音をたて、木材の破片を飛び散らせながら、『ヴァージニア』は『カンバーランド』の右舷横腹に衝角を突き立てる。ちょうど前檣と主檣の間だ。脆い木造船体は引き裂け、『ヴァージニア』の低い艦首がスループの中へ食い込んでいく。
 『カンバーランド』は船体を震わせながら、ぐらりと左舷側に傾く。マストが大きくしなり、トップから悲鳴とともに狙撃手がばらばらと落ちてきた。骨の潰れるいやな音をたてて甲板へ落ちる者もあれば、静索に弾んで海中へ飛ばされる者もいる。いずれほとんどは助からないだろう。
 蛮刀を持った水兵が、乗り移ろうと待ち構えていたようだが、衝撃からは立ち直っても、『ヴァージニア』の艦首甲板ははるか下にあり、飛び降りることができずにいる。思い切って砲廓へ飛び移ろうとした水兵は、油を塗った斜面に落ちて、そのまま水の中へ転げ落ちた。砲甲板からは何発かの砲弾が飛んできたけれども、ほとんどゼロ距離でも、砲弾は装甲を破れなかった。

 ガリガリバリバリと、なおも木造の船体が壊れていく。衝角の威力には凄まじいものがある。『カンバーランド』の甲板にいる敵水兵は、思い思いに銃やナイフを構えているが、なにひとつ損傷を与えられずにいる。ふと見ると、アンカー・ベッドで、予備錨を切り落とそうとしている者がいた。真下には『ヴァージニア』の低い艦首があるから、あれがめり込んだら危ない。
「後進いっぱい!」
 『ヴァージニア』が『カンバーランド』から離れると、その側面には馬車が通り抜けられるほどの大穴が開いていた。あたりに浮いている木片や人間が、その穴へと吸い込まれていく。『カンバーランド』は、今度は右に大きく傾き、錨を落とそうとしていた男は、切り外した錨と一緒に海へ落ちていった。
 マストを支える静索が弾け飛び、フォアのトゲルンマストがへし折れて落ちると、船体はまっすぐに立ち直って艦首から沈んでいく。後甲板の士官が、ブルワークにしがみついていた。頭から血を流している。
「もう沈むぞ! 降伏しろ!」
「ガッデム! 誰が降伏なんかするもんか。これでも食らえ!」

 『カンバーランド』の艦尾上甲板にある砲は、接近して俯角が取れなくなったために発砲していなかったのだが、艦が沈みつつあるので位置が下がり、高さが等しくなってきている。『カンバーランド』の士官は、降伏を拒絶すると砲へ飛びついた。
 後甲板には、まだ10人くらいの人数がいる。艦が沈んでいるというのに逃げようともしない。砲へ取りつく人数が増え、筒先がこちらを向くが、こっちは見ているだけで止める方法がない。上には狙撃手ひとりいないし、砲は向きが悪くて撃てない。
「艦長、危険です!」
 スパー・デッキに頭を出していたブキャナンは、押さえ付けられるようにして砲廓に身を沈めた。直後に激しい衝撃があり、砲廓の9インチ砲が駐退索を引きちぎって後方へ弾き飛ばされた。砲員が何人か倒れている。その砲口はぱっくりと引き裂けていた。砲弾が砲口を直撃したのだ。破片が飛んだらしく、あちこちで人を呼ぶ声がする。
 『ヴァージニア』は後退し、『カンバーランド』から離れていく。哀れなスループは為す術もなく沈んでいった。

… * …


 一直線に『カンバーランド』へ突っ込んでいった『メリマック』は、そのままスループの舷側を食い破った。横腹に大穴を開けられた『カンバーランド』は沈み、破片と人間があたりに浮いている。漂っていた煙は、徐々に強まってきた風に流されて消えてしまった。
 『コングレス』は、繰り返し『メリマック』を射撃しているのだが、その砲弾はゴムまりのように跳ね返され、まるで損害が与えられない。煙突は穴だらけになり、カッターはバラバラに吹き飛んだものの、艦そのものはまったく損害を受けていないかのようだった。
「『メリマック』が回っています!」
 いったん後退した『メリマック』は、不自然に前進後退を繰り返してから、ゆっくりと左回りに旋回を始めた。悠然と、と言うべきなのか、鈍重な、と言うべきか、とにかく大きな円を描いて回っている。陸上からは砲兵が射撃を始め、あたりは水柱に覆われているのだが、『メリマック』には何の変化もない。

「錨鎖を切れ! 錨を捨てるんだ。このままじゃやられるだけだぞ」
 武装曳船の『ズアーヴ』が曳索を取り、風向きが悪くて身動きのできない『コングレス』を、浅瀬から引き離そうとしているのだが、大きな船体が風に押され、『ズアーヴ』の力では支えきれない。錨を捨てた大柄な帆装フリゲイトは、浅瀬へと近付いていく。
「やむを得ん。座礁させる。少なくとも沈まなくなるし、あいつは吃水が深いそうだから、体当たりできなくなるだろう」
 スミス艦長は、『ズアーヴ』に曳索を放すように命じ、風に押されるまま半回転して、砂地へ船体を乗り上げさせた。『メリマック』はまだ回っている。

… * …


「面舵いっぱいだ。…どうなっているんだ?」
 いくら舵を切っても、行き足のない『ヴァージニア』はまっすぐにしか動かない。せっかく離れた『カンバーランド』の残骸へ近付いてしまうのだ。沈没した『カンバーランド』の船体は、水面のすぐ下にあり、マストは海面から突き出している。こんなところへ船体を引っ掛ければ、せっかく沈めた相手の道連れにされてしまいかねない。
 しかし、やり直しても艦は舵に応えない。後進ではまったく舵が効かないし、前進しても右へは艦首を振ってくれない。『カンバーランド』へ突っ込んだときに、スプリング索が切れて向きが変わったから、右へほんの60度ほど回れば、『コングレス』を正面に捉えられるのだが。
「いかんな。左回りなら回るんだから、ひとまわりしたほうが早い。取り舵いっぱい、全速前進」
 それでも『ヴァージニア』は、実にゆっくりとしか頭を回さない。砲弾が飛んできている敵前では、曳索を取るわけにもいかず、舵に任せて回っていくしかない。

「艦長、艦首から浸水しています!」
「ミスタ・ジョーンズ、見てきてくれたまえ」
 4千トンもある艦を衝突させたのだから、若干の損傷は避けられないだろう。程度によっては再度の体当たりができないかもしれない。砲廓では2門の9インチ砲が使えなくなっている。これも体当たりに伴う接近戦の勘定書きだ。離れたところからなら、砲門や砲身に命中するのは単純な確率の問題になり、めったに起きないことに分類されるのだが、至近距離で直接狙われれば、命中する確率は跳ねあがる。
 『ヴァージニア』は、広い水道の中をゆっくりと回っていく。せっかくの満潮の時間を無駄にしているのだが、どうにもならない。帆があれば風を利用しての小回りもできるだろうが、純粋の蒸気船でこれだけ全長があると、どうにも動きは鈍くなってしまう。ジョーンズ副長が戻ってきた。

「浸水は、どうやら衝角の取り付け部からのようです。強い力が掛かったので、周辺の木構造が痛んだのでしょう。右舷錨もなくなっています。砲弾で錨鎖が切断されたようです」
「わかった。衝角は無事か?」
「判りません。艦を止めて潜ってみないと」
「そうだな。ふむ、…よし、『コングレス』は砲撃でしとめよう」
 ブキャナンは砲廓の乗組員に、戦果を知らせた。
「皆の献身の賜物で、敵スループ『カンバーランド』は沈没した。見た者もいるだろうが、今は海面にマストが見えるだけだ。今度はフリゲイトの『コングレス』を狙う。主に砲撃で破壊するつもりだから、なおいっそう頑張ってもらいたい。南部連合のために!」
「南部連合のために!」
 唱和する声は喜びに溢れている。若干の死傷者はあったものの、装甲に当たった砲弾は残らず弾き返された。この艦は無敵だ。乗組員に自信が芽生えてくる。

 『カンバーランド』の残骸へ漕ぎ寄せたボートが、沈み残ったマストにしがみついていた水兵を助けだし、泳いでいた者を引き上げている。何人くらい死んだのだろうか。戦闘旗はまだガフに翻っているが、船体は完全に沈んでしまった。離れていった『メリマック』は、岬の砲台から撃たれながらも、ゆっくりと進みつづけている。『コングレス』艦上では、その意図を量りかねていた。
「まだ回っています。何をしているのでしょうか」
「ジェームズ川を遡ろうとしているのかと思ったんだが、そういうわけでもなさそうだな。舵が効かないだけかもしれん」
「もう15分も経っています。いくら舵が効かないといっても…」
「遊覧しているわけじゃないだろう。もし、あれが奴の精一杯の運動性能なら、なんとしても岸から離すべきだったな。動いてさえいれば、奴にぶつけられることはあるまい」

 すでに手遅れだ。潮だるみを過ぎ、海面は徐々に下がってきている。『コングレス』はがっちりと砂地に腹を着いているから、もう一度満潮になるまで、動かす方法はない。
 『メリマック』は、まだ不気味に回り続けている。真横を向け、艦首がこちらを向きはじめた。
「来るぞ! 左舷の全砲は射程に入りしだい射撃を始めろ!」
 だが、『メリマック』はゆっくりとではあっても、正確に射界を避けた方角から近付いてくる。座礁していなければ、錨索にスプリングを取って艦の向きを変えられたのだが、がっちり底をついてしまっていてはどうしようもない。切歯扼腕するだけで、射撃できるのは後甲板の追撃砲のみだ。
 へさきを立てた『メリマック』はしかし、座礁を恐れて近寄ってこない。
「持ちこたえられるかもしれませんね」
「奴が無謀に突っ込んできてくれるほうがいい。どしあげてくれればこっちのものだが、これじゃ撃たれっぱなしになるぞ」
 『メリマック』の艦首砲が、のそりと押し出された。



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