翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第七章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




USS Congress

フリゲイト・コングレス (右手前)

 排水量1867トン (旧方式)、左側遠方は外輪フリゲイト『サスケハナ』Sasquehanna



第七章・承前

「これ以上は危険です! 座礁します!」
「艦を止めろ。エンジン停止。まだ距離はあるがかまわんさ。あいつは座ったアヒルだ。こんなことで逃げきれたつもりなら、愚かに過ぎる。艦首砲、射撃開始!」
 ドカンと7インチ・ブルック・ライフルが火を吐く。『コングレス』まで1千メートルとない。まず百発百中だ。
 まるで射撃訓練のように、7インチ砲はほぼ5分おきに、装填しては炸裂弾を木造フリゲイトに叩きこんだ。『コングレス』のスミス艦長は戦死し、船体は穴だらけだ。あちこちで火災が起き、消火にあたる乗組員が、次の命中弾で吹き飛ばされる。沈む心配はなくても、正確な砲の前で動けなくなってしまえば、抵抗する方法などない。艦尾の追撃砲は、とっくに砲架から叩き落とされているのだ。

 午後4時、指揮を引き継いだペンターガスト士官は、降伏を決意した。まったく抵抗の手段はなく、一方的に撃たれているだけなのだから無理もない。
「白旗です。さすがにアゴが出たようですね」
「よく頑張ったさ。ずいぶん無駄に死なせたな。射撃中止! 『ビューフォート』と『ローリー』に信号! 敵艦に移乗して降伏を受けいれよ、だ。…砲甲板の兵士諸君、よくやった! 敵『コングレス』は、たったいま降伏した!」
 ドオッと歓声が砲廓に溢れる。今日2隻目、それも主力のフリゲイトを降伏させたのだ。これといった被害もなく、再び『ヴァージニア』が無敵であることが証明された。
 いくらか離れたところで、思い出したように『コングレス』や『ミネソタ』を射撃していた砲艦は、白旗を掲げた『コングレス』を挟むように、両側から接近していく。

 ボートが降ろされ、捕獲班の指揮官が『コングレス』の後甲板へ上がっていく。生き残りの北軍士官が並び、剣を差し出す様子を、ブキャナンはスパー・デッキに立って満足げに眺めていた。大きな達成感にひたっている。
 突然、『ローリー』の周囲に水柱が立ち、『コングレス』にも、『ヴァージニア』にも銃弾が飛んできた。
「敵陸軍の砲兵が、浜辺に展開しています!」
「なんて奴らだ! 味方が降伏しているからって、それごと撃ってくるとは…艦長! どうなさったんですか!?」
 ブキャナンは短いうめきを漏らし、がっくりと膝をついた。太ももから血が流れている。

「艦長が撃たれた! 手を貸せ! 下へ降ろすんだ! 軍医を呼べ!」
「ミスタ・ジョーンズ、私はだいじょうぶだ」
「くそう…北の奴らは礼儀ひとつ知らんのか。ひとでなしめ!」
 装甲された砲廓の中へ入ってしまえば、敵弾は鈍い音を立てて跳ね返されるだけだ。
 軍医の見立てでは、銃弾か砲弾の破片かは、ブキャナンの右太ももを貫通しただけのようだ。動脈は傷ついておらず、重傷ではあるがとりあえず生命に危険はない。出血は少なくないものの、意識もしっかりしている。砲甲板の乗組員は、固唾を飲んで艦長の様子を見守っている。
「『コングレス』はどうした?」
「『ビューフォート』も『ローリー』も敵艦を離れました。砲弾を受けて死傷者が出ています。捕虜がいるそうです」
「よろしい。『コングレス』をなんとかしなきゃいかんな」

「私にやらせてください! 焼き払ってやります」
 目に涙を浮かべた若い士官が、義憤やるかたないという様子で叫んだ。
「ミスタ・マイナー、では、君に任せよう。ミスタ・ジョーンズ、どれか小型艦を呼んで、ミスタ・マイナーを送ってやりたまえ」
「はい、艦長! みんな! ミスタ・マイナーが『コングレス』を焼き払いに行く。一緒に行く志願者はいるか!」
 どっと声が上がり、数えきれないほどの腕が突き上げられた。全員じゃないか。
「いいぞ、みんな! しかし、行くのは10人もいればいい。泳げるものだけだ! 帰りは泳ぐようになるかもしれん! ミスタ・マイナー、選抜して上へあがれ!」
「はいっ! 泳げるもの、手を上げろ。…よし、お前とお前、お前もだ。…一緒に来い! カッター要員集合!」

 右舷のカッターは『コングレス』に撃たれたときに木っ端微塵になり、架台に残骸が引っ掛かっているだけだが、左舷のカッターは砲廓の陰にあったので、ほとんど損傷していない。
「武装曳船の『ティーザー』に支援させる。陸上から撃ってきているから気をつけろ!」
「はい、副長、行ってきます!」
 ジョーンズたちが見守る前でしかし、カッターは『コングレス』まであと50メートルというところで砲弾の直撃を受けた。乗組員の中を砲弾が突き抜け、多くが死傷したのである。『ティーザー』が動けなくなったカッターに接近し、乗組員を救出する。マイナーも重傷を負っていた。
「艦長、ミスタ・マイナーは敵弾を受け、『コングレス』まで到達できませんでした」
「そうか…タッカーは近くにいるか?…信号して、『コングレス』を砲撃させろ」

 タッカー艦長の指揮する『パトリック・ヘンリー』は、外輪推進の元客船で、上部の船室を撤去し、少数の大口径砲を装備している。船内に若干の鉄板を持ち込んで、主機関などを防御していた。命令を受けて『コングレス』へ近付いたけれども、『ミネソタ』や陸上からの砲弾が命中しはじめると、装甲の効果は不十分で、敵弾はボイラーに命中してこれを破裂させ、艦内には蒸気が充満した。
 一時的に行動能力を失った『パトリック・ヘンリー』は、敵砲兵の待つ海岸へ向かって流されたものの、『ジェームズタウン』が接近して援護し、辛うじて虎口を脱している。

 報告を受けたブキャナンは、痛みに顔をしかめながら、赤熱弾の準備を命じる。
「向こうがそうしてくれと言っているんだ、焼き払ってやるさ。後の面倒は自分たちで見てもらおう。『ティーザー』に曳かせて向きを変えるんだ」
「了解です、艦長。あの恥知らずどもに思い知らせてやります!」
「頼んだぞ。それが済んだら、『ヴァージニア』はミスタ・ジョーンズ、君が指揮を取れ。次は『ミネソタ』だ」
「はいっ、必ずやしとめてみせます。艦長、ごゆっくりお休みになっていてください」
 炉に火が入れられ、9インチ砲に赤熱弾が装填される。白旗を掲げ、まだ乗組員が残っている『コングレス』に対し、真っ赤に焼けた砲弾が撃ち込まれた。

 たちまちあちこちから火災が発生する。乗組員は逃げ、誰も消火にあたるものはいない。身動きできない負傷者が残っているかもしれないが、助け出す方法はないだろう。やがて『コングレス』は全艦火の海となり、手がつけられなくなった。
「もういいだろう。ああなっては消せはしない。蒸気を上げろ! エンジン始動! 次は『ミネソタ』だ!」
 全艦が歓声を上げる。岸から離れ、浜辺の砲兵の射程から抜けだしたところで、乗組員は交替でスパー・デッキへ上がり、燃える『コングレス』を眺めた。自分たちの努力の成果を心に刻み込むのだ。さらに、はるか先で動けずにいるらしい『ミネソタ』を指差している。

 『ティーザー』の援助で、艦首を河口へ向ける。『ミネソタ』への直行コースは、浅すぎて通れない。いったん水路の中央へ出てから東へ向かう。すでに日は西へ傾き、引き潮の流れが速い。優美とも見える「ミネソタ」の姿が、陽に映えて美しい。
「副長、『ミネソタ』は座礁しているようです。煙が上がっていませんから、機関が故障したかでしょう」
「けっこうじゃないか。『コングレス』の二の舞にしてやる」
「だいぶ浅くなってきています。砲撃できる距離に近付けないかもしれません」
「干潮まで3時間ほどです。主水路を外れないほうが安全かと」
 ここで腹をついたら、北軍のボートが群がってくるだろう。砲門から銃弾を撃ち込まれ、デッキには爆薬を投げつけられる。いかに装甲艦とは言っても、アリに群がられる象のようなもので、キリがなくなる。油を流して火でもつけられたら、蒸し焼きになってしまう。

「しかしな、ここまで来ているんだから…」
「座礁したら、援助してもらうこともできません。船の数は、敵のほうがずっと多いのですから」
「干潮へ向かっての作戦は危険です!」
「判っているさ。判っているがな…」
 ケガをした艦長、戦死した乗組員のこともある。敵の旗艦に思い知らせてやる絶好の機会なのだ。ジョーンズは水路から外れない範囲で、ギリギリまで『ミネソタ』へ接近したが、まだ2千メートルほども距離があり、いかなライフル砲でも、そうそう命中弾は望めなかった。午後6時を過ぎ、あたりは薄暗くなってくる。
「副長、艦長がお呼びです」
 ブキャナン艦長は、作戦を中止し、セウェルズ・ポイント付近の安全な場所へ投錨するように命じた。敵艦は逃げられないのだから、明日、座礁の心配がない状況で、ゆっくり始末をつければよい。

 装甲を突破した敵砲弾はない。衝角突撃は諸刃の剣だし、接近することで思わぬ被害も出るが、離れたところから炸裂弾を撃ち込めば、木造船はただの脆い標的に過ぎない。運動性の悪さも、援助する艦がそばにいられれば対処できる。
 為す術もないまま『ミネソタ』を失えば、敵はおそらくハンプトン・ローズを放棄するだろう。チェサピーク湾口を支配すれば、封鎖の立場は逆転する。
「明日がある。もう暗くなってくるし、敵は眠れない夜を過ごすんだ。人間、忍耐はできても、恐怖に対して怒りを維持することは難しい。今夜一晩を悪夢の中で過ごせば、朝には逃げ腰になっているさ」
 根拠のない不安ではない。目の前でスループが沈み、フリゲイトが燃えているのだ。目を向ければ、何百という人間が死んだことは幻想でもなんでもない現実なんだと、松明になった『コングレス』が教えてくれる。明日は自分の番だ。たしかに、この恐怖を克服するのは困難だろう。

 ジョーンズは矛を引くことに同意し、『ヴァージニア』は安全な場所へ後退して、死者とケガ人を降ろす。ブキャナンとマイナーは艦に残った。調査の結果、艦首では衝角が失われており、もぎ取られた部分からは若干の浸水が続いている。右舷の錨と、カッターが2隻とも失われた。マイナーたちが乗っていったカッターは、現場に放棄してきてしまったのだ。
 煙突は穴だらけになり、蒸気捨管もちぎれ飛んでいた。装甲鈑には無数の凹みがあって、北軍の激しかった攻撃を物語っている。通常の木造艦であれば、とうてい耐えられなかっただろう。あれだけ撃たれたのに、死者は2名でしかない。負傷者は重軽合わせて19名だ。
 艦首以外、吃水線下には損傷がなく、砲も9インチ滑腔砲2門が使用不能となっただけで、主力の7インチ砲は無事だ。砲員も取り扱いに慣れ、明日はさらに見事な射撃を見せてくれるに違いない。炸裂弾の数に不足はない。
 砲艦では、『ローリー』が大きな被害を受け、『パトリック・ヘンリー』がボイラーを壊されている。これらを含めても、南軍側の死傷者は50名に満たなかった。北軍側は、おそらく5倍以上の被害を出している。明日、さらにその記録は重ね塗りされるだろう。北軍兵士は今ごろ、急に冬が戻ってきたかとでもいうように、うすら寒くなった首の回りに襟を引き寄せているに違いない。



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