翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第九章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




illust 3

戦闘を描いた絵画・3

 これも艦の距離は近すぎるが、正確に描いたら水面ばかりになってしまうので仕方がないだろう。



第九章・承前

 戦場は再び『ミネソタ』へ近付き、射程に入った敵旗艦は、効果のない射撃を始める。潮は満潮に近く、浅瀬の心配は減ってきた。しかし、『ミネソタ』が浮きあがった様子はなく、その周囲が十分に深くないことは明白だった。これだけ岸に近い部分では、川底の様子は一定しておらず、ちょうど砂丘のように吹きだまって浅い部分がある。
「これ以上接近すると、後進で退避しなければならなくなります」
 舵が効かないから、思うように動けない。陸を左前方に見ているのだから、接近しすぎてから左へ回ったのでは、間違いなくどしあげる。右へは、おそらく岸に沿って走るのがやっとだろう。回りきれずに、モンロー要塞の射程に入ってしまいかねない。左へ回るだけの水面がないと、引き潮に乗せられて、そのままチェサピーク湾へ出ていってしまう。

 昨日は、この状態でも近くに支援艦がいたから、曳索を取って頭を回してもらえた。今はそんな艦が近付くことはできない。『コングレス』のときには、停まって射撃することもできた。今日は『モニター』が寄ってきて、死角からいいだけ撃ってくれるだろう。筒先を押しつけるようにしてだ。無事で済むとは考えられない。
 浅瀬に体当たりを封じられ、『モニター』が安全な戦法を押さえ込んでいる。ジョーンズはギリギリまで接近するが、有効な命中弾は得られなかった。『ミネソタ』はつるべ撃ちに片舷の全砲を撃ち続けている。ほとんど当たらないし、当たってもたいしたことはないが、煙突や通風筒にはさらに穴が増えた。次は撃たれない角度から接近しよう。
「『モニター』が回り込んできます!」
 『ミネソタ』との間に割り込むように、『モニター』が接近してくる。気が違ったように撃ちまくっている『ミネソタ』に、『モニター』までもが撃たれている。たしかに1発当たったのが見えた。
「あいつら、よほど慌てているんだな。味方まで撃ってやがる。あれじゃ、目の前にいる動くものならなんでも食うっていう、カマキリと同じだ」

 再び『ミネソタ』から離れながらの砲撃戦になった。ニューポート・ニューズの砲兵が撃ちかけてくるのも同じだ。打開策が見つけられない。このままでは、潮が引いて身動きができなくなるから、その前に安全地帯へ戻らなくてはならなくなる。
「副長、内密にお話ししたいことがあります」
 深刻な顔で話しかけたのは、ラムジー機関長だった。二人はラッタルの途中で、顔を寄せ合うようにして話を始める。
「なんだ?」
「本艦の吃水のことです。…動きが軽くなっていると思われませんか?」
 そういえば、回り方がいくぶん速くなっているような気がする。ジョーンズは小さくうなずいた。

「昨日から、ずいぶん石炭を使っています。量はまだ十分ありますが、減った分だけ、艦が軽くなっています。さきほど艦首を見てみましたが、へさきはすでに水上に顔を出しています。おそらく側面でも、装甲のない部分が吃水線の上へ出ているはずです」
「本当か?…そうだな、錘を積み込んで、やっと吃水を下げたんだから、軽くなれば浮かび上がるわけだ」
「装甲のない吃水線へ砲弾を受ければ、穴が開いてしまいます。この艦で浸水が始まったら…」
「冗談じゃなく、本気であっという間に沈むな」
 木造船体へ大口径砲弾が当たったらどうなるかなど、試してみたくもない。9インチ砲弾でさえ、『コングレス』は悲惨なことになったのだ。直径1フィートの大穴が開けば、塞ぐことなど考えられまい。外からシートをかぶせようにも、この艦の舷側では作業ができないのだ。ボートもない。
「方法はないか?」
「石でも積んでくればよかったのですが」
「過ぎたことを後悔しても始まらない。今、できることはないのかと聞いているんだ」
「これと言っては。周囲にあって目方になるものは、水だけです」
 それだけは艦内へ入れるわけにいかない。

「仕方がないな。頭には置いておくが、戦闘を続行する」
「しかし…」
「敵がそのことを知っているわけではない。今、ここで尻尾を巻くわけにはいかんのだ。この『ヴァージニア』が、ちっぽけな『モニター』に追い払われたのでは、我々は完全に負けだ。昨日の勝利は帳消しになってしまう。そんなことは許せん」
「わかりました、副長。では、運動性がいくらかなりとも良くなっていることに望みをかけましょう」
「もし沈むなら、あいつも道連れにしてやるさ」
「はい。お任せします」
「エンジンには問題ないか?」
「軸受けが過熱していますが、対処できています。機関は順調です」
「頼むぞ。…俺のわがままかもしれんが、軍人としての意地ではある。自分だけが知っている自分の弱点のために、戦闘を放棄することはできない。『モニター』にだって、こっちが気付いていない弱点があるかもしれないんだ。こっちが苦しいときには、向こうも苦しい。どっちが先に音を上げるかで、勝負が決まることもある。…敵が明らかに吃水線を狙いはじめたら、気が変わるかもしれんがね」

「奴らが気付かないことを祈りましょう。なにか、あいつに弱点はありませんか」
「砲門が弱いのは間違いない。こっちも同じだがね。だから奴は、狙われないように同航戦を避けているんだ。それでも、そこを狙って撃つしかない」
「ソリッド・ショットがあれば、あの装甲は破れるのでしょうか」
「わからん。炸裂弾は鉄板に当たると壊れてしまうからな。ちゃんと爆発していない。それなら、鉄の塊のほうが、効果はあるかもしれない。いずれここにはないんだから、どうしようもないさ」
「奴らの装甲も、こんなにガタガタになっているのでしょうか?」
「それも判らん。どのくらいの厚みがあるのかも判らないんだ。どっちが先に相手の弱点に弾を当てるか、命がけのゲームだな、これは」
「賭け率が五分五分より上であることを祈ります」

「上に決まっているじゃないか。知らないのか? 俺はコイントスで負けたことがないんだぞ」
「両方おもてのイカサマコインだってウワサですよ」
「チェッ、つまらんことを…」
 指揮官がニヤッと笑ったことで、話の内容に聞き耳を立てていた周囲に、ほっと和む空気が流れた。艦がどれほど深刻な状態になっているのか、そうでないのか、知っている人間はひと握りしかいない。
「からくりを見抜けなきゃ、負けは負けです。イカサマでもなんでもいいですから、勝って帰りましょう」
「もちろんさ。明日はショットを用意してこよう。それまで奴が浮いていればな」
 顔を歪めて不器用にウインクしたジョーンズは、屈めていた上体を起こし、敵艦を見詰める。ラムジーは首を伸ばして、ちらりと敵を見てから、機関室へ戻っていった。

… * …


「印が見えなくなっています。砲塔の向いている方向が判らないんです」
 砲塔床下の上甲板には、チョークで何本か印がつけられ、今現在砲塔がどちらを向いているのか、判断できるようになっていたのだが、その印が水に流されたりして見えなくなってしまった。
 艦長から、敵が右舷60度にいると言われても、今の砲塔の方向が判らないから、どっちへどれだけ回せばいいのか判断できない。回しはじめてしまえば、ここと思ったところで止めようにも、弾みのついた砲塔は止まってくれない。かなり手前から、そのつもりで速度を落としていかなければならないのだ。
 至近距離ですれ違いながらでは、砲眼孔から敵が見えるのは、ほんのわずかな間だけだし、それから砲塔を回すことはできない。斜めに当たる形になってしまっても、そのまま発砲するしかない。砲塔のグリーンは、天蓋から頭を出して敵を見つけ、砲塔を回す指示を出す。しかし、蒸気機関は意のままには動かないし、止まりもしない。敵も直撃を避けようとしてギリギリで転舵するから、どうしても思うような射撃ができない。

「仕方がないな。回しながら撃ってみよう」
「壊れませんか?」
「そんなにヤワじゃないことを祈るさ」
 すれ違いながら、敵の動きに合わせるように、ゆっくりと砲塔を回していく。片方の砲の砲眼孔との隙間から照準して、発砲を命じる。その瞬間に頭を引かないと、衝撃波で失神する。
「今だ! 撃てーっ!」
 バーンと衝撃波が砲塔を襲う。ひるむものは誰もいない。
「次だ! 撃てーっ!」
 隣の砲も、次の瞬間に発砲する。回転している砲塔は、そのまま敵から逸れていく。
「今の射撃は効果があったぞ! 『メリマック』の装甲が弾け飛んだ」



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