翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第九章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




illust 4

戦闘を描いた絵画・4

 この絵ではどうやら、8日と9日の戦いが一緒くたに描かれているようだ。
 左側で沈みかかっているのは、『コングレス』か、『カンバーランド』か。



第九章・承前

 強烈な衝撃だった。内部の木梁の一本がはっきりと折れ、生木の割れ目が見えている。湯気とも、ホコリの集まりとも見える霞んだ煙のようなものが、あたりに漂っていた。木の匂いがする。たくさんの材木の中に、乾燥不十分で強度の足らないものがあるのは仕方がない。
 スパー・デッキへ上がってみると、2枚重ねた鉄板のうち、上側のものが一部折れ飛んでいた。こんな打撃を受け続けていれば、そのうちには突破されてしまう。見下ろせばその装甲の末端は、たしかに水面に届いていない。舷側を流れる波は、装甲の斜面へ上がってきていないのだ。
 吃水線付近に弱点がさらけ出されていることは、ジョーンズの意識の中に闇を作り、薄暗く居座る。敵はまだ、ほぼ砲門の高さを狙っているから、気づいていないのだろう。しかし、次のすれ違いで狙いを変えてくるかもしれず、最初の一発が致命傷になるかもしれない。

 30分以上かけて『ヴァージニア』が一周する間に、10分ほどの間隔で『モニター』がすれ違い、撃てるだけの砲から砲弾が交換される。何発かが当たり、なにかしらの損傷が積み上がる。『モニター』にも同じような負荷があるのか、知る術はない。
 見た者の報告では、『モニター』は砲塔を回したまま射撃していると言う。なぜそんなことをするのか理解できない。どう考えてもこちらには、ある程度近ければ絶対に外れないだけの的の大きさがあるのだ。自分が撃たれないためか? 砲門を狙われるのが、そんなにも怖いのだろうか。それしか弱点がないのか?
 次の接近では、それまでより幾分離れたところを『モニター』が通過した。砲弾は1発だけ命中したが、効果のあるような強烈さはなかった。

「敵が回っています! 突っ込んできます!」
 砲弾をやり過ごした直後、使われていない砲門から敵を見ていた乗組員が、下から大声で知らせてきた。ジョーンズが頭を出すと、『モニター』は大きく舵を切り、側面へ向かって突っ込んでくるところだった。
「前進全速! 取舵いっぱい! いっぱいだ! いっぱいに切れっ?」
 まさか、『モニター』が突っ込んでくるとは思わなかった。速くて小回りが利くのだから、ぶつけるつもりならいくらでもチャンスはあったはずだ。なぜ、今ごろ突然…
 艦尾か! きっと水上に顔を出して見えているんだ。そこに当然舵とスクリューがあり、外へ突き出してぶら下げたような、ひ弱な構造だと気付かれたんだ。

 ジョーンズの胸に冷たい塊ができ、ゆっくりと腹の中へ沈んでいく。心臓は早鐘のようだ。息苦しくなり、不快な冷たい汗が、真っ黒に汚れた軍服の中を流れる。『モニター』はまるで、意志を持った獣のように飛びかかってきた。鈍重な牛の尾を狙って、敏捷な狼が牙をむき、噛みつこうとしている。
「ぶつかる…」
 目が離せなかった。命令は声にならず、するべき命令も考えつかなかった。艦は舵のままに左へ緩やかに回り、はるかに小さな円を描いて、『モニター』が内側へ入ってくる。砲はまったく準備が間に合わない。見ているだけだ。
 目をつぶることもできなかった。この一瞬に、350人の運命が決まる。『モニター』の艦首は、『ヴァージニア』の艦尾に牙を立てた。思わず知らず、体に力が入り、身をよじって敵のへさきをかわそうとしている。
 轟音とともに振動が走り、艦が行動する能力を失うと、覚悟したその刹那、『モニター』はまったく触れることもなく、艦尾を通りすぎた。間違いなくぶつかったと思ったのだが…。その砲塔の上に顔が見え、びっくりしたような目が向けられていた。

 艦内のほとんどのものは、どれほどきわどい状態だったか知りもしない。ジョーンズは膝が震えるのを抑えられなかった。ラッタルの段に腰を降ろし、離れていく『モニター』を見詰める。…後部砲は射撃しなかったな。
「敵が離れていきます。どうかしたんでしょうか?」
 『モニター』が、明らかにそれまでと針路を変え、自分たちから離れていく。体当たりに失敗したことで、なにか戦法を変えようと言うのだろうか。まっすぐに進んでいるのでもないから、舵が壊れたわけでもなさそうだ。
「なにか損害を与えたのかもしれんな。よーし、トドメを刺してやる」
 危機を脱したジョーンズは、怒りとともに闘志が湧いてくるのを実感している。姑息な手を使いやがって…
「あの方向は浅瀬です。この艦の吃水では無理です」
 パリッシュが指差すとおり、『モニター』は浅瀬へ近づき、『ヴァージニア』が絶対に入れない深さのところに停止した。何をしているんだろう。

「ミスタ・ウッドを呼べ。ここへ来るように」
 後部7インチ砲を担当しているウッドは、汚れた顔をラッタルの下へ覗かせた。真っ黒くなった顔に目だけが光っている。
「お呼びですか、副長」
「今、敵艦が艦尾を通過したときに発砲しなかったな。なぜだ?」
「見えませんでした。すれ違って、後方から射撃できるように左舷の砲門に砲を突き出していたのですが、外はほとんど見えませんので、タイミングを計っていました。『モニター』は予想よりずっと早く、至近距離で艦尾を横切りましたので、気がついた時には砲門の前を通り過ぎていたのです。誰か、敵の動きを教えて下されば、準備も間に合ったのですが」
「…わかった。敵はどうやら、本艦の艦尾へぶつけようとしたらしい。また同じ戦法を使う可能性があるから、部下を空いている砲門につけて、動きを監視させろ。変化する状況に対処できなければ、士官たる資格はないぞ」
「はいっ、申し訳ありませんでした、副長。誓って次は外しません!」

 ビシッと敬礼したウッドは、きびすを返して持ち場へ戻った。
 ウッドを叱りながら、ジョーンズは自分を叱咤していた。『モニター』に意表を突かれたのは自分も同じだ。あの瞬間、自分だって思考が止まり、何も指示できなかったではないか。恥ずべきは己だ。
 見渡せば、『モニター』は浅瀬から動こうとしない。損傷があったようには見えないけれども、なにか戦闘を継続できない不都合が起きているのは間違いない。
「よし、今のうちに『ミネソタ』を叩くぞ。このままじゃラチが明かん」
 気を取りなおしたジョーンズは、初心に戻って敵の主力を攻撃することにした。『ヴァージニア』は三度、一周して『ミネソタ』へ向かうべく、針路を変えていく。じれったいほどにゆっくりとしか、その艦首は回らない。

… * …


「砲弾がありません。砲塔内にあった分を使い切ってしまったんです」
 『モニター』の砲塔は、下部との交通が容易でないため、砲弾は砲塔内に一定量を保管している。ただの鉄の塊だから、炸裂弾と違って誘爆する心配はないが、その砲弾を撃ち尽くしてしまったのだ。下の船体に保管してある分を砲塔へ移動しなければならない。
「そうか、…やむを得んな、一時退避しよう。ピーター、浅瀬へ持っていけ。奴に作業を邪魔されたくはない。…砲塔に連絡しろ、できるだけ短時間で済ませろとな。放っておくと、奴が何をはじめるか判らん」
「はいっ!」
 『メリマック』の艦尾を狙った体当たりが、間一髪のところで外され、直後に砲塔からの伝言で、砲弾の欠乏が知らされた。限界まで緊張した突撃が、ほんの数フィートのところで外されたから、ウォーデンはがっくりと疲れを感じている。

 『モニター』は、『メリマック』が入ってこられない浅瀬へ移動し、砲塔を艦首正面へ向けて固定した。こうしないと昇降口が繋がらず、砲弾を持ち上げられないのだ。
「ハンモックを持ってこい。ここへ積み上げるんだ。うっかり落としたら、底が抜けるからな」
 ホイストの真下に士官室のテーブルを置き、下に巻き締めたハンモックを並べる。テーブルに砲弾を乗せ、専用の金具でくわえて、砲塔天井に取り付けられたホイストで吊り上げる。一発ずつ慎重に。万一落とすと、底が抜けないまでもダメージがあるだろう。落として転がった砲弾に轢かれた負傷では、名誉も何もあったものではない。
 一発分15ポンドしかない装薬は、もうひとつの昇降口から人力で簡単に手渡しできる。ずいぶん素早くやっているつもりだが、1発あげるのに1分以上かかっている。もうちょっと効率よくならんかな。
 見ていても仕方のないウォーデンは、砲塔へ上がり、砲眼孔をくぐって上甲板へ出た。そこには操舵室から見るのとはまったく違う、素晴らしく開けた明るい世界があった。

「なんともまあ、いい天気だなあ。…こんな日は、戦争なんかしていないで、あの丘で日向ぼっこでもしていたいもんだ。…『メリマック』はどこだ。…あれか。こうしてみると、どっちもけったいな形をしているんだな。…ふーむ、まあ、あっちは元々ちゃんとした船だからな、水中の形はそのままなんだろう。それにしても回らない奴だ」
 タバコを取りだすとかがみこみ、甲板の鋲頭で黄燐マッチを擦ったが、湿気ているのか火がつかない。マッチはどれもボロボロと先端が壊れてしまう。
「これをどうぞ」
 グリーン副長が外へ出てきて、照明用ランプを差し出し、蓋を開いてくれた。
「艦長も真っ黒ですね。特に目の周りが」
「ミスタ・グリーン、君も真っ黒だよ。俺もほら、シャツまで真っ黒だ」
「真っ赤じゃないのは、エリクソン氏の設計が正しかったということなのでしょうか」
「今のところはな。…ずいぶん凹んだもんだ。あっちも鉄板が飛び散ったりしてたが」

 砲塔の壁面には、砲弾で凹んだ跡がたくさん残っている。深いものでは4インチほどもあるだろうか。敵が砲眼孔を狙って撃ったのがはっきり判るほど、その周囲に凹みは集中している。真っ黒に汚れた壁が何を意味しているのか、ウォーデンには判らなかった。
「命中したところをご覧になったのですか?」
「ああ…砲弾が命中した場所から、鉄板が剥がれて落ちた。跳ね返されちゃいるが、効果がないわけじゃない。できるだけ接近して真横から叩き込めば、それなりに効果は累積していく。じわじわ効いてくるボディ・ブローみたいなもんだ。砲弾が無くなるまで、せっせとぶち込んでやるさ。そのうちには、あの鉄の壁が自分の重みで後ろへひっくり返るだろうよ」
 もう11時になる。太陽は高く、ウォーデンは手びさしして『メリマック』を眺めている。今は遠く、まったく危険はない。始めたのが8時半頃だったから、かれこれ2時間半も撃ち合っていたのか。

「そろそろ潮が引きはじめます。奴は引き上げてしまうのではないでしょうか」
「逃げるなら、それでもいいさ。この『モニター』を打ち破れずに逃げるなら、それが吃水のせいであれ、皆はこちらの勝ちと考えるだろう。そうなれば南軍は浮き足立つ。期待をかけた新兵器が、3分の1しかない奴に追い返されたんではな。…しかし、いい打開策はないかな」
「弱点の艦尾でしたが、いざぶつけるとなると、なかなか難しいものですね」
「要らんときには勝手にぶつかるがね、当てようと思うと難しい」
 後方から接近するのでは、『モニター』は艦首側へ発砲できないから、長時間撃たれっぱなしになる。非常に精神衛生上よろしくない。相手の横腹をめがけて真横からつっかけるのは、判断がしやすく避けやすいのだ。止まっていてでもくれなければ、めったにぶつからない。すれ違いざまの体当たりは、ほんの思い付きではあったものの、成功まであと一歩だった。

 帆船の時代には、接舷することはあっても、壊すような目的で体当たりすることはなかったから、そういう戦術はまったく研究されていなかった。『モニター』にも、衝突を前提とした装備はないのである。
「船体の下半分が小さいのは、相手の衝角が届かないようにするためだと聞きましたが」
「どうなのかな。効果がないわけではないだろうが…」
 それなら、艦首に衝角をつけるほうが先だろう。どうしてなのか知らないが、こんな、船とは思えない形をしているからこそ、危うく沈みかけたのだ。少なくとも艦首くらいは普通の形にしないと壊れてしまう。軍艦には、敵と戦う前に、まず自然との闘いがあるのだ。エリクソンは、どれだけそのことを知っているのだろうか。
 『メリマック』はようやくこちらへ向き直り、どうやら『ミネソタ』へ向かうらしい。勇み足で浅瀬に捕まってくれれば、旗を降ろすまで死角から砲弾を叩きつけてやれるんだが、まさか『ミネソタ』を餌にするわけにもいかない。

「そろそろ行かないと、また慌てた連中にこっちまで撃たれるぞ。…何発上がった?」
「…次で20になるそうです」
「よし、それだけあれば2時間分だな。蒸気を上げろ、移動する」
 接近するまでに、まだ何発かは上げられる。すでに11時半、引き潮が始まるから、そう長くは戦闘を続けられないだろう。奴を動けないようにさえすれば、各艦からボート戦隊を繰り出してでも始末がつけられるんだが。
 しけていたためか、途中で火が消えてしまった吸い差しを海へ投げこんだウォーデンは、『メリマック』や周囲との位置関係を慎重に観察してから、装甲の中へ戻った。



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