翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第十章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862
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戦闘を描いた絵画・6
これも、『モニター』からは発砲できない角度である。
砲塔の上にブルワークがあるように見えるが、これは戦闘後に天幕を張るための支柱を立て、それにキャンバスを巻いた状態を描いてしまったものだろう。実際の戦闘時には、これらは何もない。
第十章・承前
「各部、損傷を報告せよ!」
「副長、艦首右舷側から浸水しています!」
「防水作業急げ! 各部、損害はないか!」
惜しくも『モニター』を正面には捉えられなかった。斜めにぶつかり、艦首側面に亀裂が生じたらしい。船体の木材が痛み、隙間が開いて浸水している。
頭をあげたジョーンズは、『モニター』が後方へ離れ、艦首右舷前方に『ミネソタ』がいるのを見た。
「機関減速せよ。艦首砲、右舷前方のフリゲイトを射撃しろ!」
『ミネソタ』まではまだ1千ヤード以上あるが、これ以上前進すれば、その間のどこかで確実に座礁する。艦首砲で射撃しながらでは、測深もできない。『ミネソタ』の舷側砲は射撃できない位置だが、後部と上甲板の砲は、必死になって砲撃を始めた。
後方の『モニター』は、まだ混乱から立ち直らないのか、そのまま離れていきつつある。舵でも壊してくれれば、先に『ミネソタ』を片付けられるんだが。
「副長、これ以上の接近は危険です。この先には峰状に浅くなっている部分があります。次を乗り越えられるとは限りません!」
もう一度どしあげるのはごめんだ。川底の畝のような砂丘を回りこめるほど、『ヴァージニア』の運動性はよくない。後ろの『モニター』と、前の『ミネソタ』を見比べながら、『ヴァージニア』は速力を落として砲撃に専念する。
艦首砲が『ミネソタ』を捉えた。砲弾が命中し、煙があがる。
「いいぞ! 撃ち続けろ!」
振り向けば、『モニター』は向きを変え、『ミネソタ』との間へ入るように進みはじめた。どこも壊れなかったのかな、ちくしょうめ!
また、『ミネソタ』に砲弾が命中した。艦尾の艦長室あたりでガラスが割れたのだろう、キラキラと光る破片が噴き上がっている。そこに白い煙が沸きあがった。
「なんだ?」
「蒸気ですね。はて、あんなところにボイラーなんか、あるはずがないんだが」
蒸気は『ミネソタ』の向こう側で上がっているようだ。白い塊を背景にして、『ミネソタ』の艦尾回廊が浮き彫りになっている。
「もう1隻、向こう側にいるようです。隠れていた曳船かなにかに、突き抜けた砲弾が当たったんでしょう」
小さなマストが見え、動かない『ミネソタ』のマストの間で揺れている。隠れていたつもりが、流れダマに当たってとんでもないことになったのだろう。
「これ以上前進すると、回れなくなります!」
まだ『ミネソタ』までは1千ヤード以上ある。それでも頭を回さなければならないほど、『ヴァージニア』の舵は効かない。止まってしまえば『モニター』が接近してくる。砲を突きつけられるか、艦尾を削り取られるか。
「取舵。また一周だな。機関室、速力を上げろ」
向きを変えながら、射界に入ったところで舷側砲から『ミネソタ』を撃つが、滑腔砲で1千ヤード以上の距離では、そうそう命中は望めない。『モニター』が向かい合う位置に来た。すれ違いざまの砲戦はいくらか距離が遠く、舷側砲は命中した様子がない。艦首砲は装填が間に合わず、艦尾の7インチ砲が射撃しただけだった。『モニター』の砲弾も高く外れたが、残っていた吸気筒が直撃され、根こそぎ消し飛んでしまった。
また1時間、同じことの繰り返しになる。すれ違いざまの砲撃は同じなのだが、お互いに体当たりへの意識があるから、微妙に距離を取って及び腰になっている。当然命中率は下がり、当たった砲弾の威力も落ちている。
「副長、砲撃は効果がありません。火薬の量にも限りがあります。兵も疲れて、腹をすかせています。これ以上砲撃を続けても、意味はないかと思いますが」
陸軍のケヴィル大尉だ。彼らは砲撃の間じゅう、定められた規則通りに行動している。すでに4時間近く、ほとんど休憩もしていないから、腹をすかし、疲れ果てているのだ。
「大尉、これを見てみろ」
ジョーンズが指差したのは、『モニター』の砲弾によって梁が折れ、壁の一部分が内側へ凹んでいる場所だ。
「これは、敵の砲弾が当たった場所だ。もう一度同じ場所へ当たれば、突き抜けてくるかもしれない。しかし、向こうからは状況がはっきり見えるわけではない。こちらも同じことだ。効果はないように見えるが、向こうにだって、これと同じことが起きているかもしれないんだ。…いずれ、あと1時間も戦闘を続けられはしない。潮が引いているからな。それまでは頑張れ。向こうも苦しいんだ」
「判りました、副長。それでは、目標を変えてもよろしいでしょうか。砲塔には効果がないようですから、あの司令塔を狙ってみようかと思います」
「それも手だな。しかし、当たるのか?」
「難しいですが、やってみます。目新しいことをさせれば、兵たちにも元気が戻りますし」
そういう効用もある。同じことを繰り返していたのでは、あまりにも芸がないしな。
「任せる。もしあれを破壊できれば、奴は行動できなくなるかもしれない」
「すれ違うときに、もう少し接近できますでしょうか、副長」
「向こうのほうが身軽だからな、思うようにはならん」
艦がいくら軽くなってきていても、『モニター』を追いかけまわせるわけではない。とっさに動けば、照準が狂って撃てなくなるだけだ。あちらがやっているような、砲塔を回しながらの射撃など、マネもできない。
大きな円を描きながら、撃てる範囲へ入ったときだけ『ミネソタ』を撃ち、浜辺の砲台や他の艦の射程に入ると、無差別に砲弾が飛んでくる。装甲には効果のない砲弾ではあっても、支援艦が近寄ることはできない。昨日は曳索を取らせて向きを変えられたが、今日はのんびり止まっていることすら危険だ。『モニター』の存在がすべてのバランスを変え、有利な戦法が封じられている。
ジョーンズの心理にも、焦燥と倦怠がある。結果を出さなければという焦りはあるものの、すでに4時間近く続いている戦闘行動に疲れ、飽きてきているのだ。動けば動くほどに石炭が減り、乾舷が増える。吃水線の無防備な部分は拡大しているはずだ。そのことに気付かず、狙ってきていないらしい『モニター』の砲弾も、次には偶然に命中するかもしれない。高く外れるなら、低く外れることだってありうる。
疲れ、空腹を感じれば、意識レベルが低下してくる。人間、そんなに長く緊張状態を維持できるものではない。また一周、ほとんど何も変わらない戦闘が続く。命のやりとりを倦怠が支配するというのも不思議な状況だが、これほど間延びした戦いを長時間続けていれば、疲労が全体を覆ってしまうのも仕方のないことだ。
砲廓では、『モニター』の砲塔ではなく、司令塔を狙っている。回っている砲塔の砲門は狙うに難しい的だが、より小さいとはいえ、司令塔のスリットは逃げない目標だ。ケヴィル大尉は、受け持ちの舷側砲の砲手に、狙いを変えさせた。おそらく『モニター』のほうは、狙いを変えられたことに簡単には気付かないはずだ。ただ、砲弾が当たらなくなっているだけなのだから。
… * …
「そろそろ油断しているだろう。次の攻撃で決着をつけてやる。ピーター、このまま一周して、敵の左舷側をすれ違うように持っていけ。これまでと同じだ。違ったことはするなよ。ちょっと砲塔へ行ってくる」
「アイ・アイ・サー」
ウォーデンは狭苦しい操舵室から艦内へ下り、砲塔の下へ向かう。昇降口の下にはキーラー主計長が詰めていた。その顔には明らかに疲労の色が見える。
「疲れたか? ちょっと上と話をする。ミスタ・グリーンを」
「アイ・アイ…ミスタ・グリーン、艦長がお呼びです」
「はい、グリーンです」
下から見上げても、スリットを通した明るい空が背景になって、影になる顔は見えない。上から見下ろすほうは、近くにランプの明かりがあるので、辛うじて艦長の顔が見える。
「ミスタ・グリーン、次の戦闘のときにトリックを仕掛ける。2発の砲弾を、いくらか間を開けて発射してほしい。向こうがこっちの砲撃が終わったと思って、顔を上げた瞬間に次の射撃が行なわれるくらいに、だ。当たりさえすれば、効果はなくてもいい」
「アイ・アイ…びっくりさせればいいんですか?」
「そういうことだ。ちょっと気を取られて、他へ頭が回らなくなればいい。直後に急転舵するから、転ばないようにな」
「はい。お任せください、艦長」
ウォーデンは操舵室へ戻り、『メリマック』を見やる。これといって変わったところはない。煙突は役に立っているとは思えないほど穴だらけだし、旗竿もなくなって、昇降口と思われるところからあり合わせの円材が突き出され、旗が掲げられている。装甲がどうなっているのか、遠目には判らないが、穴の開いているようなところはない。
こうして『メリマック』の左舷側を追い越していくと、必ず舷側の砲が発砲し、ほとんどは当たらない。ほんの300ヤードも離れると、『モニター』の砲塔は、狙うのがこれ以上ないほど難しい小さな的になってしまうのだ。ときおり、見える範囲に水しぶきがあがる。それ以外の砲弾は、どこへ行ったのかすら判らないが、気にしても始まらない。
回り込んだ『モニター』は、『メリマック』の斜め前方に出る。『メリマック』が左へ回っているので、自然に斜めから接近する形になるのだ。努めて前回と同じように、相手にパターンを植えつけるように行動してきた。すれ違いざまの艦尾への体当たりは、相手に警戒されるとまず成功しない。タイミングが難しく、わずかに首を振られただけで逸らされてしまう。
接近するに従い、『メリマック』の艦首砲が、斜めの位置に切られた砲門から発砲してくる。これまでにもいくつかは当たったけれども、発射できる角度が限られるため、距離が遠く、大きな音がする以外、まず効果はない。小さな砲塔へ当てるのがやっとなのだろう。その瞬間まで砲塔はそっぽを向いたままだから、砲眼孔を狙うこともできない。
さらに接近すると、『モニター』の砲塔が回りだし、2発の砲弾が発射される。これまではほとんど同時に発砲していたが、今回はわずかにずらす。そのため、どちらかはタイミングを外し、あまり効果のない斜めからの射撃になる。目的は敵を驚かせ、注意を逸らすことだ。まったく外れると困るんだがな。
グリーンは1発目を外し、2発目で当てた。両方当てようとすると、間隔が短すぎるし、砲塔をあまりゆっくり回したのでは、砲眼孔を狙い撃ちされる可能性があるからだ。その発砲の瞬間、グリーンは『メリマック』に、なにか違和感を持った。なにかが変だと、船乗りの勘が教えている。
『モニター』は急激に回り、『メリマック』の艦尾へ突っ込んでいくが、ウォーデンはまだ、確実に艦尾を削り取るための間合いを掴んでいなかった。側面にぶつければ、『メリマック』が前進していることで、自然に『モニター』の艦首がスクリューやら舵やらにぶつかるのだが、彼のイメージはクリーン・ヒットだったのである。そして、一発狙いの大振りは、しばしば空振りという結果になる。
… * …
発砲音はしたが、砲弾は当たらなかった。いや、砲廓の後部をかすったようだった。今まで狙われていなかった『ヴァージニア』後部砲のウッドは、頭をかすめるような砲弾の音を聞き、それがわずかに装甲をかじった音、フェンシングで剣と剣を合わせた音をずっと重くしたような音を、耳のすぐ近くで聞いた。
カアッと頭に血が昇り、砲の発射索を握りしめる。砲廓の前部へ次の砲弾が命中したことにも、1発目をやりすごして顔を上げた瞬間の副長が、2発目の衝撃でラッタルを踏み外したことにも気が付かなかった。
「サー! 敵艦が突っ込んできます!」
もし、『モニター』の動きがそれまでと同じだったら、興奮したウッドには待ちきれなかっただろう。砲門を凝視したその目の前に、『モニター』の操舵室がぬっと現れた。狙うでもなく、反射的に発射索が引かれ、パーカッション式発射装置の腕がバネに引かれて落ち、ポンッと点火口に小さな煙があがると、強烈な衝撃波とともに砲が後退してくる。発射を警告しなかったので、砲員の一人が避けきれず、後退してくる砲架に跳ね飛ばされた。
… * …
このとき、すでに司令塔を狙っていたケヴィル大尉指揮下の舷側砲と異なり、ウッドの後部砲はまだ砲塔を狙っていた。斜め後方を向いた7インチ砲からは、すれ違っていくらか距離が開いてからでないと『モニター』が射界に入らないために、小さな司令塔は目標にならなかったのである。ウッドはそのつもりで待っていた。
まだ誰も気付いていなかったが、『モニター』の操舵室にあるスリットは、砲塔の砲眼孔といくらも高さが違わない。至近距離でとっさに狙うとき、俯仰操作はしていられない。もし、この高さが大きく異なれば、一方を狙うと一方にはまったく当たらなくなる。これを同じ高さに揃えておくのは、敵を利することはあっても、自らには何も利益がないのだ。
エリクソンが、なぜこのような設計をしたのか、そんなことを説明するような人間ではないから、真実は闇の中だ。ただ、偶然そうなっただけかもしれない。それでもそれは、『ヴァージニア』にとって大きな意味のある欠点だったし、ほんの1フィートとないところで食い止められた砲弾の、エネルギーのかけらをまともに受け取ったウォーデンにとっては、操舵室の装甲が砲弾の直撃に打ち破られないだけの強度だったことを、不幸中の幸いと考えるしかない。
この直前のすれ違う瞬間、大きく舵を切った『モニター』が『ヴァージニア』へ艦首を向けたとき、舷側の9インチ砲から発射された砲弾が、操舵室の側面下部に命中していた。内部には衝撃があっただけで、斜めに当たった砲弾は跳ね返され、実害はなかった。ウォーデンは弾かれるような衝撃を感じて、思わず体を引き、スリットから顔が離れていた。
その直後に、後部の7インチ・ブルック・ライフルから発射された砲弾は、10ヤードと離れていない操舵室を直撃した。砲弾は、幅9インチの鉄棒でできたログ・ハウス状の構造物上部へほぼ直角に当たり、その場で破砕された。炸裂するより早く壊れたので、装薬はほとんど燃えなかったけれども、持っていた速度エネルギーのままに、すぐ近くにあった操舵室スリットへ飛び込む。そこには今の今まで、顔をスリットに押しつけるようにして、『ヴァージニア』を見ていたウォーデン艦長がいたのである。ほんの数インチ、その顔はスリットから離れていた。
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