翼をなくした大鷲 CSSヴァージニア物語・第十章 Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862 |
第十章・承前
『モニター』は、再び『メリマック』の艦尾をかすめるようにして、後方をすりぬけている。砲塔のグリーンは、『メリマック』からの砲弾が命中した衝撃を感じてから砲塔を止め、天蓋から頭を出した。命中した衝撃は、それが砲塔に当たったのではないと示していたけれども、どこへ当たったのかまでは判らない。後方に煙の塊があり、砲弾が炸裂もしくは不全爆発したと判る。
艦は緩く左へ回っており、『メリマック』とは反対方向へ走っている。いつもより旋回半径がずっと大きいし、いつまでたっても右へ回ろうとしない。艦長は何を考えているのだろう。
「副長! 下で呼んでいます!」
砲塔員が声をかけてきた。下りてみると砲塔の向きが悪くて、昇降口は繋がっていない。声が聞こえるだけだ。
「艦長が…操舵…」
声が聞き取れない。
「砲塔を回せ! 正位置にするんだ!」
ややあって砲塔が揺らぎ、回りはじめた。下が見えてくると、キーラー主計長の顔がある。
「副長、操舵室に命中弾がありました。艦長が負傷なさっています!」
「わかった。すぐ行く。ミスタ・ウエーバー、後を頼む!」
飛び降りるようにして砲塔から下り、操舵室へ走る。すでに艦長はラッタルの下へ降ろされており、壁に寄りかかっていた。軍医が付き添っている。
「なにがあった?」
「操舵室に直撃弾を食らったんです。誰も死んでいませんが、舵手のウィリアムスとパイロットのハワードは気絶しています。今、代わりのケインが舵を取っています。針路は指示していません。同じところを回るように言ってあるだけです」
とりあえずは問題ない。まっすぐ岸に向かっているのでなければ、座礁するようなことはない。
「艦長、だいじょうぶですか?」
「ミスタ・グリーン、目をやられた。まったく何も見えない。ぶつかる直前に砲弾が命中したんだ」
艦長の顔は真っ黒に汚れている。さっき、冗談混じりに真っ黒と言ったのとは、状態がまるで違う。おそらくは火薬に使われている炭の粉だろう。それが塗りつけられたように顔を覆っており、あちこちから出血している。軍医が注意深く血を拭き、傷の状態を確かめている。目はまったく開けられないらしい。
「あまり深い傷はないようですが、目の状態は判りません。ここでは暗くて、はっきり見えないんです」
目の治療など、とうていできるわけもない。
「少なくとも視力が回復するまで、私は艦の指揮がとれない。ミスタ・グリーン、私に代わって艦の指揮をとってくれ。周りに誰がいる?」
「私の他には、キーラー主計長と書記、軍医です」
「誰か士官はいないか」
「スタイマー機関長と、ミスタ・ウエーバーを呼べ!」
小さな艦だ。顔ぶれはすぐに集まる。
「私は目が見えないから、『モニター』の指揮を一時的にミスタ・グリーンに委譲する。証人になってくれ。…以後、ミスタ・グリーンの指示に従うように。とりあえずの方針は、艦の状況の確認と『ミネソタ』の援護だ。『メリマック』との交戦は、被害状況を確かめてからにしろ。司令官からの命令では、ハンプトン・ローズを越えての『メリマック』追撃は禁止されている。できるだけ『ミネソタ』から離れるな」
「了解しました、艦長。…艦長を寝室へ運べ。以後、私が指揮をとる。操舵室の状況はどうだ」
「破片で操舵索が痛みました。今、補修しています」
ウォーデン艦長は、軍医に付き添われて寝室へ連れていかれた。操舵手のウィリアムスも、パイロットのハワードも、大きな外傷はなく、衝撃で失神しただけのようだ。二人とも下へ降ろされ、手当てを受けている。グリーンは操舵室へ上がった。妙に明るい。
操舵室左舷側の装甲のうち、一番上の鉄棒は折れ、一部が飛んでしまっている。スリットを挟んだ次の鉄棒にもひびが入り、不気味に内側へ曲がっていた。砲弾は操舵室の頂部に当たって、その場で破砕したようだ。もし爆発していれば、中にいたものは誰も助からなかっただろう。
天蓋は、2インチ (5センチ) の厚みの板が、はめ込むように乗せられていただけだったので、完全に吹き飛んでしまっている。明るいのも当然で、天井がなくなっているのだ。青空がまぶしい。
グリーンは『メリマック』を探した。…見えない。いなくなるはずはないから、おそらく砲塔の影になる艦尾側にいるのだろう。
「取り舵。『ミネソタ』はどこだ?」
代わりの操舵手のケインも、それまで外を見てはいなかったから、全体の状況が掴めていない。ハワードが回復しないと、浅瀬の状況は判らないけれども、『モニター』が座礁するほど浅いのは岸近くだけのはずだ。グリーンは艦を回しながら、状況を把握していく。
『メリマック』が見えた。ボロボロの煙突から煙を吐きだしつつ、何事もなかったかのように進んでいる。その先に『ミネソタ』がいた。
「機関室、速力を上げろ」
だいぶ潮が引いているから、『メリマック』は慎重になっているようだ。『ミネソタ』へ向かっているものの、速力は速くない。すぐに追いついた。しかし、操舵室がこの状況では、接近すれば狙い撃ちにされる。大きく破損しているのは、すぐに判ってしまう。
「取舵。少なくとも右側からなら、こうまで壊れているようには見えないだろう」
『メリマック』を追い越すように、左舷側へ近付く。撃ってきたものの、砲弾は当たらなかった。
操舵室にいて日の光を浴びているというのは、何とも落ちつかない状態だ。まったく暴露しているような錯覚を起こす。グリーンは慎重に接近していく。
「砲塔に伝えろ。なんでもいいから発砲しろとな。こちらが戦闘可能な状態であることを宣言せんといかん」
砲塔が回り、かなり距離はあるが2発が発射された。どちらも敵艦の近くに水しぶきを上げただけで、命中しなかった。しかし、この砲弾は両軍にとって、限りなく大きな意味を持っていた。
状況を見ていた『ミネソタ』では、『モニター』に命中弾があったことを示す黒煙とともに、『モニター』の動きが不自然になり、敵から離れてしまったため、『モニター』が戦闘不能になったのではないかと案じていたのだ。ブラント艦長は最悪の事態を想定し、艦の自爆準備を命じている。
もし、『モニター』が戦闘不能になっているのであれば、『メリマック』は十分に接近できないにしても、『ミネソタ』へ砲弾を撃ち込み続けるだろうし、援護の砲艦を呼び寄せれば、より接近でき、位置や姿勢もかなり自由になる。深みで満潮を待たれれば、北軍艦艇は動けるものだけでも外洋へ退かざるを得なくなり、そうなれば半島の陸軍は補給を断たれるかもしれない。
『モニター』が動き出し、砲撃したことで、これらの可能性は消えた。『メリマック』は依然、自由に戦法を選べる状況ではない。動き続けていなければならず、腹をついて動けなくなれば致命的である。
潮は急速に引いており、『メリマック』がこれ以上行動を続けるのは、非常な危険と隣り合わせになりつつある。
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