翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第十章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




1st uitenant Greene

モニターの先任士官グリーン (1839-1884)

 メリーランド州の出身、1861年に正規士官になったばかりだった。ウォーデンが負傷してからは、彼がモニターの指揮をとった。1884年に拳銃自殺している。



第十章・承前

 『モニター』は、再び『メリマック』の艦尾をかすめるようにして、後方をすりぬけている。砲塔のグリーンは、『メリマック』からの砲弾が命中した衝撃を感じてから砲塔を止め、天蓋から頭を出した。命中した衝撃は、それが砲塔に当たったのではないと示していたけれども、どこへ当たったのかまでは判らない。後方に煙の塊があり、砲弾が炸裂もしくは不全爆発したと判る。
 艦は緩く左へ回っており、『メリマック』とは反対方向へ走っている。いつもより旋回半径がずっと大きいし、いつまでたっても右へ回ろうとしない。艦長は何を考えているのだろう。
「副長! 下で呼んでいます!」
 砲塔員が声をかけてきた。下りてみると砲塔の向きが悪くて、昇降口は繋がっていない。声が聞こえるだけだ。
「艦長が…操舵…」
 声が聞き取れない。
「砲塔を回せ! 正位置にするんだ!」

 ややあって砲塔が揺らぎ、回りはじめた。下が見えてくると、キーラー主計長の顔がある。
「副長、操舵室に命中弾がありました。艦長が負傷なさっています!」
「わかった。すぐ行く。ミスタ・ウエーバー、後を頼む!」
 飛び降りるようにして砲塔から下り、操舵室へ走る。すでに艦長はラッタルの下へ降ろされており、壁に寄りかかっていた。軍医が付き添っている。
「なにがあった?」
「操舵室に直撃弾を食らったんです。誰も死んでいませんが、舵手のウィリアムスとパイロットのハワードは気絶しています。今、代わりのケインが舵を取っています。針路は指示していません。同じところを回るように言ってあるだけです」
 とりあえずは問題ない。まっすぐ岸に向かっているのでなければ、座礁するようなことはない。
「艦長、だいじょうぶですか?」

「ミスタ・グリーン、目をやられた。まったく何も見えない。ぶつかる直前に砲弾が命中したんだ」
 艦長の顔は真っ黒に汚れている。さっき、冗談混じりに真っ黒と言ったのとは、状態がまるで違う。おそらくは火薬に使われている炭の粉だろう。それが塗りつけられたように顔を覆っており、あちこちから出血している。軍医が注意深く血を拭き、傷の状態を確かめている。目はまったく開けられないらしい。
「あまり深い傷はないようですが、目の状態は判りません。ここでは暗くて、はっきり見えないんです」
 目の治療など、とうていできるわけもない。
「少なくとも視力が回復するまで、私は艦の指揮がとれない。ミスタ・グリーン、私に代わって艦の指揮をとってくれ。周りに誰がいる?」
「私の他には、キーラー主計長と書記、軍医です」
「誰か士官はいないか」
「スタイマー機関長と、ミスタ・ウエーバーを呼べ!」

 小さな艦だ。顔ぶれはすぐに集まる。
「私は目が見えないから、『モニター』の指揮を一時的にミスタ・グリーンに委譲する。証人になってくれ。…以後、ミスタ・グリーンの指示に従うように。とりあえずの方針は、艦の状況の確認と『ミネソタ』の援護だ。『メリマック』との交戦は、被害状況を確かめてからにしろ。司令官からの命令では、ハンプトン・ローズを越えての『メリマック』追撃は禁止されている。できるだけ『ミネソタ』から離れるな」
「了解しました、艦長。…艦長を寝室へ運べ。以後、私が指揮をとる。操舵室の状況はどうだ」
「破片で操舵索が痛みました。今、補修しています」
 ウォーデン艦長は、軍医に付き添われて寝室へ連れていかれた。操舵手のウィリアムスも、パイロットのハワードも、大きな外傷はなく、衝撃で失神しただけのようだ。二人とも下へ降ろされ、手当てを受けている。グリーンは操舵室へ上がった。妙に明るい。

 操舵室左舷側の装甲のうち、一番上の鉄棒は折れ、一部が飛んでしまっている。スリットを挟んだ次の鉄棒にもひびが入り、不気味に内側へ曲がっていた。砲弾は操舵室の頂部に当たって、その場で破砕したようだ。もし爆発していれば、中にいたものは誰も助からなかっただろう。
 天蓋は、2インチ (5センチ) の厚みの板が、はめ込むように乗せられていただけだったので、完全に吹き飛んでしまっている。明るいのも当然で、天井がなくなっているのだ。青空がまぶしい。
 グリーンは『メリマック』を探した。…見えない。いなくなるはずはないから、おそらく砲塔の影になる艦尾側にいるのだろう。
「取り舵。『ミネソタ』はどこだ?」
 代わりの操舵手のケインも、それまで外を見てはいなかったから、全体の状況が掴めていない。ハワードが回復しないと、浅瀬の状況は判らないけれども、『モニター』が座礁するほど浅いのは岸近くだけのはずだ。グリーンは艦を回しながら、状況を把握していく。

 『メリマック』が見えた。ボロボロの煙突から煙を吐きだしつつ、何事もなかったかのように進んでいる。その先に『ミネソタ』がいた。
「機関室、速力を上げろ」
 だいぶ潮が引いているから、『メリマック』は慎重になっているようだ。『ミネソタ』へ向かっているものの、速力は速くない。すぐに追いついた。しかし、操舵室がこの状況では、接近すれば狙い撃ちにされる。大きく破損しているのは、すぐに判ってしまう。
「取舵。少なくとも右側からなら、こうまで壊れているようには見えないだろう」
 『メリマック』を追い越すように、左舷側へ近付く。撃ってきたものの、砲弾は当たらなかった。
 操舵室にいて日の光を浴びているというのは、何とも落ちつかない状態だ。まったく暴露しているような錯覚を起こす。グリーンは慎重に接近していく。
「砲塔に伝えろ。なんでもいいから発砲しろとな。こちらが戦闘可能な状態であることを宣言せんといかん」

 砲塔が回り、かなり距離はあるが2発が発射された。どちらも敵艦の近くに水しぶきを上げただけで、命中しなかった。しかし、この砲弾は両軍にとって、限りなく大きな意味を持っていた。

 状況を見ていた『ミネソタ』では、『モニター』に命中弾があったことを示す黒煙とともに、『モニター』の動きが不自然になり、敵から離れてしまったため、『モニター』が戦闘不能になったのではないかと案じていたのだ。ブラント艦長は最悪の事態を想定し、艦の自爆準備を命じている。
 もし、『モニター』が戦闘不能になっているのであれば、『メリマック』は十分に接近できないにしても、『ミネソタ』へ砲弾を撃ち込み続けるだろうし、援護の砲艦を呼び寄せれば、より接近でき、位置や姿勢もかなり自由になる。深みで満潮を待たれれば、北軍艦艇は動けるものだけでも外洋へ退かざるを得なくなり、そうなれば半島の陸軍は補給を断たれるかもしれない。
 『モニター』が動き出し、砲撃したことで、これらの可能性は消えた。『メリマック』は依然、自由に戦法を選べる状況ではない。動き続けていなければならず、腹をついて動けなくなれば致命的である。
 潮は急速に引いており、『メリマック』がこれ以上行動を続けるのは、非常な危険と隣り合わせになりつつある。

… * …


「危険です! 副長、これ以上ここに留まっていれば、どこかで座礁します!」
 ジョーンズにしても、もう一度あの腹をついて動けなくなる状況を再現したいわけではない。『モニター』に撃たれ、ボートを漕ぎ寄せられて乗っ取られるか、炎の中で潰えるか、いずれ皆の目前で敗北を演じることになる。それだけはゴメンだ。個人の意地というレベルの問題ではない。南軍全体の士気にかかわる。
「いったん、スウェルズ岬へ退こう。潮が満ちてきてから日没までに、何時間か作戦できるだけの時間はある」
 『ヴァージニア』はゆっくりと艦首を巡らせ、スウェルズ岬へ向かう。なぜか『モニター』には追ってくる様子がないものの、その意味を考え、一度決めた行動を覆すには、ジョーンズは疲れ過ぎていた。
 後部の7インチ砲から、名残の砲弾が『モニター』めがけて発射されたけれども、距離ははるかに遠く、砲弾は導火線式の信管が働いてしまい、空中で爆発した。射撃を指揮したウッドは、その前に自分が発射した砲弾がどんな効果を及ぼしたか、煙に遮られて見ていない。『ヴァージニア』では誰も、『モニター』の深刻な損傷に気付いていなかった。

「副長…」
「なんだね、ケヴィル大尉」
「この後も戦闘を続けられるのでしょうか?」
「そのつもりだが」
「無駄とは申しませんが、やはり徒労ではないかと思います。9インチ砲の炸裂弾では、『モニター』には効果がありません。せめてソリッド・ショットがあれば、もう少し有利に戦えると思います。補給に戻れないでしょうか」
 これが朝であれば、ジョーンズは言下に跳ねつけただろう。しかし、効果のない砲撃に砲員が倦んできているのは知っていたし、自分も含めて、皆が疲労しているのは間違いない。吃水の問題もある。致命的な弱点を抱え、装甲には細かな損傷が累積している。これが最後のつもりが、自分の最期になってしまう話は、いくらでもある。
 体当たりしようにも衝角はないし、吃水が浅くなっているということは、無装甲の木造部分が敵艦に当たるということでもある。

「副長、できれば一度ドックへ戻り、再装備してから決着をつけるべきかと思います。現状では、あまりにも意味のない不利を抱えこんでいます。我々は、ああいう相手がここにいるとは知らされていませんでした。知っていれば、それなりの準備があったはずです」
「我々はけっして負けていません! これだけ準備不足の状況でも、負けていないのです。万全の装備を整えてもう一度戦えば、必ず勝てます!」
 若い士官たちは、口々に再装備、再挑戦を望んだ。たしかに、4時間以上に渡る戦闘は徒労に近く、敵にほとんどダメージを与えていない。あれがあれば、これが準備してあれば、とは、戦闘中にも何度も感じたことである。
 ハンプトン・ローズに『モニター』がいるなどという情報は、まったく知らされていなかった。正体の判らない敵を相手に、ここまでよく戦ったとも思う。ジョーンズには、自分を許す意識が芽生えていた。

… * …


 次の戦闘に備え、石炭をボイラー前に運ばせていたラムジー機関長は、昇降口から聞こえてくる歓声に気付いた。なにが起きているのだろう。考えてみれば、ハンプトン・ローズからスウェルズ岬沖へ移動するだけにしては、時間が掛かりすぎている。
 石炭運びがひと段落したところで、ラムジーは外を見に行った。スパー・デッキは明るい陽光に包まれ、暗さに慣れていた目が抗議の悲鳴をあげている。ようやく光に馴染んだ目に映ったものは、両側に迫った川岸と、立ち並んで帽子を振っている砲台の兵士たちの姿だった。
 許可されていないのだろう、スパー・デッキに兵隊たちの姿はなかったが、見下ろせば狭い砲門から身を乗り出すようにして、手を振っている姿があった。艦はすでにエリザベス川の水路に入っており、前後に砲艦を従えている。振り向けば、本来の旗竿は吹き飛ばされたらしくて何もなく、後部の昇降口から円材が突き出され、南軍の旗が翻っていた。その下に水兵が何かを縛りつけようとしている。

 手が離れ、丸められていたものが風をはらんで広がると、それは大きな星条旗だった。川岸から、どよめくような喚声が水面を伝わってくる。祝っているつもりなのだろう、小銃を空へ向けて撃つ音はひっきりなしだし、大砲で空砲を撃つ者までいる。
「あれは『コングレス』から持ってきた旗だ。ラムジー君、知らせるのを忘れていて申し訳ない。『ヴァージニア』は修理と補給のために、ゴスポートへ戻ることになった。機関部も通常の当直に戻してくれ」
「はい。…しかし、いい眺めですね」
 2枚の旗が風になびき、上にある南部連合の旗が北軍の星条旗を踏みつけて、高らかに勝利を誇示している。
「まったくな。望遠鏡で岸辺の兵隊を見てみろ。皆、感激で泣いているんだ。俺たちは勝ったんだと、誰もが実感している。凱旋するということは、計り知れないほど大きな影響のあることなんだな」
「…我々より、見ていただけの彼らのほうに、影響は大きいのかもしれませんね」
「勝利の実感は、それを勝ち得たのが自分でなくても、勝ち取った者と喜びを分かち合うことで、己のものにできるからな。彼らがあそこにいて、ああして守っているものが何であるのか、あらためて意識させてくれる勝利の知らせは絶対に必要なものなのだと、つくづく感じるよ」



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