翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第十一章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




docked Virginia

乾ドック内のヴァージニア

 かなり長さ方向に誇張が激しい。全体にもっと寸詰まりである。



第十一章

 『モニター』の損傷は、操舵室を除けば深刻なものはなく、装甲が凹んだだけとも言える。ケガをしたウォーデン艦長は、ただちに病院へ連れていかれた。命に別状はなさそうだが、視力が戻るかは、何とも判らない。艦隊からは『メリマック』追撃が禁止され、『ミネソタ』の近くから動くなと言われている。消耗した砲弾と火薬は、直ちに補給された。
 『メリマック』がエリザベス川を遡って消えたことで、艦隊には安堵の空気が広がっている。小さな『モニター』が、怪物『メリマック』を撃退したことは、ダビデとゴリアテの神話に置き換えられ、多くの艦から真心を込めたねぎらいの料理が届けられた。
 実質、重傷を負ったのは艦長だけで、それも命に影響はないと判っているから、乗組員には特別気に掛けることがない。空腹の求めるまま、心のこもった特製料理に舌鼓を打つ。さすがに大酒を飲むわけにはいかない。また、怪物が戻ってくるかもしれないのだから。

 狭い士官室だが、今は戦いを生き延びて安らぎを取り戻した顔ぶれが、小ざっぱりと着替えて、テーブルの料理を取り分けながら、昼間の話に花を咲かせている。皆が歓声を上げた一番の人気料理は、納屋の屋根のような『メリマック』の形をしたミートローフで、これをまずズタズタに切り分けてから、ひと切れずつ皿に取った。香ばしい肉汁のグレイビィ・ソースの器が回される。さすがに旗艦のコックは腕が違うな。
「きわどいところだったですね。向こうには何か、決定的なダメージがあったのでしょうか」
「どうかな、艦長はあいつの装甲鈑が飛び散るのを見たとおっしゃっていたから、もう一度同じところへ当たれば、撃ち抜けたかもしれないが」
「狙って当たるものでもありませんね」
「マグレだけだろうな。百発も撃てば、当たるかもしれん」

 あの大きさだし、砲塔を回しながらでは、まず当たるはずもない。そのポテトを砲塔に載せて、こっちへも回してくれんか。ニンジンもだ。熊でも丸ごと食べられそうなくらい、腹が減っている。グリーンは肉の塊を頬ばったまま、隣のウエーバーと話を続ける。砲塔にいたウエーバーは、まだしも外を見ることのできる立場にいたのだが、彼もまた、自分の見ていない部分を補うために、グリーンから話を引き出そうとしている。
 『モニター』では、外を見ることのできるのが非常に限られた人数だったから、大半の人間は何が起きていたのかを知らない。グリーン自身、すべてを見ていたわけではないけれども、周りの若い士官たちは、ナイフとフォークを両手に持ったまま、グリーンの話を聞き逃すまいと、耳をふたまわりも大きくしている。グリーンが口へ食べ物を運ぶと、全員が一斉に皿へ向かう。話しはじめれば手が止まり、顔が上がってアゴだけが動き続ける。

 グリーンは朝の戦闘開始の時から、戦闘の様子をなぞって話す。帆装軍艦と違ってほとんど外を見ることのできない装甲艦では、何が起きていたのかを知っているのは、ほんの一握りの人間だけなのだ。皆に何も知らせなければ、自分のしていたことの意味も判らないままだ。それでは士気の高揚どころか、維持すら難しくなる。
 4時間半もの間、自分たちが何をしていたのか、話しながらグリーンもまた、自分のやってきたことの誇らしさ、失敗の苦さを反芻している。
「今日は引き上げたようですが、明日も出てくるでしょうか」
「どうかな。エリザベス川を遡っていったということは、すぐに引き返してくるつもりじゃないということだろう。…さっき気がついたんだが、奴はずいぶんと吃水が浅くなっていた。なにか変だなと思っていたんだが、艦首も、艦尾も水上に見えていた。あの鉄屋根の下に、普通の船体があるのが見えていたのさ。だから、朝とは様子が違うと感じたんだ」
「船体の側面にも、装甲を張っているのでしょうか」
「判らん。あのスケッチにも、そこまでは描いてなかった」

 それが弱点なのだろうか。もし、装甲がないのなら、吃水線を狙う戦法はある。次には試してみよう。真っ赤なワインのグラスを傾ける。まさに五臓六腑に染み渡る美味さ。正体をなくすまで飲みたいところだが、そいつはよろしくない。乗組員にだって、量を制限したのだ。
「もし、奴が弾薬の補給に戻っただけだとしても、明日は河口まで出てくるのがやっとだろう。吃水が深いのは簡単に克服できないからな。続きがあるにしても明後日だ」
 それでも操舵室の修理は間に合わない。9インチ×12インチの鉄棒など、その辺に転がっている物ではない。天蓋は板厚にこだわらなければなんとかなるだろう。あっという間に皿が空になり、次のステーキが運ばれてくる。こいつも美味い。

「とりあえず、天蓋の板だけは手配した。後は角材でも切り貼りして、破損が見えないようにするしかない。壊れていると見えてしまえば、徹底的に狙われる」
「向こうも修理するでしょうか」
「するかもしれん。始めれば、簡単には終わらないだろう。破損した装甲を取り替え、煙突を付け替え、ベンチレーターも取り替えだ。人の心理として、始めればひと通り終わるまでやめられないさ」
「どんな損傷があったのか、見てみたいものですね」
「ワハハ…間違いなく、向こうもそう思っているよ」
 頭の上からは、水兵たちが甲板で食事をし、騒いでいるのが聞こえてくる。下手クソなバイオリンと、誰が持っていたのかアコーディオンの音がする。こちらはけっこうな腕前だ。甲板を踏み鳴らして踊るのはやめてほしいが、今日はまあ、文句を言わんでおこう。彼らもまた、生き延びたことを祝っているのだ。

… * …


 翌日、気球から見下ろした偵察員は、『メリマック』が乾ドックに引き込まれ、ドックが排水されていると知らせてきた。これで当分は出てこないと、はっきりした。なんらかの重大なダメージがあったことも間違いない。乗組員は待機態勢を解かれ、交替で休暇を取る。
 あちこちからたくさんのボートが『モニター』の弾痕を見にきたが、そのうちの1隻には、フォックス国防副長官が乗っており、彼は『モニター』の周囲を一周して、その弾痕を眺めてから、グリーンたちの待つ低い上甲板へ上がってきた。実際、ボートの縁のほうが、『モニター』の甲板より高いのである。
「紳士諸君、大変ご苦労だった。心からの謝意を捧げたい。…君たちは海軍の歴史に残る、偉大な戦いを経験したのだと、自覚しておるかね」
「いいえ」、グリーンは答えた。「我々は、ちょっとした砲撃演習をやっただけですよ」

… * …


 長期の修理になると判り、『ヴァージニア』の乗組員は、壁の傾いた牢獄から解放された。休暇が与えられ、家族のもとへ戻った者たちは、束の間の安息を得ている。
 町はお祭り騒ぎだった。『ヴァージニア』の記章を付けていれば、乗組員はどこの店でも、食事も、酒も、食べ放題、飲み放題だった。士官は連日の招待攻めで、休むヒマもない。うっかり街を歩けば、拉致同然に家へ引きずり込まれ、酒を飲まされる。娘を貰ってくれと迫られた士官も、一人や二人ではない。
「まだ頭がガンガンしてます」
「俺もだ。当分、出撃なんか考えられないな」
 ジョーンズとラムジーは、水の抜かれたドック底から、『ヴァージニア』を見上げている。
「斜めに当たると、木造の船体ではこちらが危険ですね」

 『モニター』にぶつかった傷跡がはっきりと判る。外板を何枚か張り替えなければならない。
「どうせ軽すぎるんだから、あそこへも鉄板を張ってもらおうと思っているんだ」
「それはいいですね。すくなくとも100トンくらいは問題ないでしょう。あちこちに積んだ鉄屑も、下へおろせばバラストになりますから、安定もよくなりますし」
「衝角も大型のものを取り付けられる。簡単にもげないように、がっちり補強してな。…運動性のほうはどうだ。改善できるか?」
「試運転ができませんので、トリムの変化がどう影響するのか、推測しかできません。仮に舵の面積を増すとしても、どういう効果が出るのかは未知数です。必ずしもいい結果になるとは限りませんので」

 艦尾の構造が弱いために、舵廻りはうっかりいじれない。反力で舵柱がねじれるから、大きくすれば効きが良くなるとは限らないし、下手をすると壊れるかもしれない。そのまま使うしかないかな。
 機関の調子が悪いのも、簡単には克服できない。軸の歪みを取るために、軸受けを外してみているけれども、機関までは移動できないだろう。ドックでいくら調整しても、浮かべると船体の歪みは変わる。
 根本的な構造には手が付けられないから、その場しのぎの手直しを連発するだけだ。しかし、今度は衝角も強化されるし、装甲も拡大できる。ソリッド・ショットも用意して、砲門の蓋も数が揃った。乗組員も自信を持ち、士気は高い。思ったような訓練ができないから、練度の問題はあるけれども、ぶっつけ本番であれだけのことができたのだ、次は圧倒できる。

… * …


 『ヴァージニア』がドックへ入っている間、『モニター』がこれを襲ってくるのではないかという懸念があった。水の入っていない乾ドックの扉船が破壊されれば、中にいる船はどういう状況であれ、損傷を免れない。再起不能になる可能性もある。南軍の若手士官は対抗する計画を立て、準備を進めたが、『モニター』は手の届くところまで接近してこず、作戦は未遂に終わっている。
「ボートが4ハイ? それでどうするんだ」
「艇首に砲を装備し、散弾を用意します」
「そんなものでは効果がないくらいは、判っているんだよな。それで?」
「狭い水路を遡ってくる『モニター』は、速力を上げられず、思うように舵も切れません。その隙に接近するのです。ひとつの班は爪錨とワイアを、別な班はクサビと槌を、もう一班はターポリン (防水布)、さらにクロロホルムを持った班を待機させます」

「…それから?」
「4隻で『モニター』を取り囲み、一斉に襲いかかります。砲がどちらを向いているかはひと目で判りますから、狙われたボートは横へ逃げます。その間に他のボートが接近し、ワイアをつけた爪錨を引っ掛けて横付けします。敵が装甲の中から出てくるなら、散弾で一掃するわけです」
「先を聞くのが怖いんだがね…」
「敵甲板に上がったら、砲塔の裾にクサビを打ち込んで回らなくし、砲塔の上からクロロホルムを浴びせ、操舵室をターポリンで覆って、降伏を迫るわけです」
 この作戦は実際に準備され、要員が待機していたとされるのだが、本気だったのだろうか…

 ブキャナン艦長のケガは重く、代わりの艦長としてタットノール Tattnall 提督が乗艦してきた。彼は3月25日にジェームズ川艦隊司令官に任命されたのだが、旗艦を『ヴァージニア』に定め、自らその艦長を兼務することになったのである。
 居丈高に着任した提督は、ブキャナンに心酔し、ジョーンズと共に戦った乗組員にとって、反感を持たれるべき存在であり、艦の運用はどこかぎこちなくなっていく。機関には故障が頻発し、3月上旬の2日間、ほとんど問題なく動いていたのがウソのように、機嫌が悪くなった。ラムジー機関長は途方にくれ、駄々っ子を必死であやすのだが、なおいっそうヘソが曲がるようだった。
 装甲を増強し、壊れた砲を取り替え、衝角を十倍も大きなものに交換した『ヴァージニア』は、出撃しようとしては機関が故障して引き返すばかりだった。ようやく4月11日、前回の出撃から1ヶ月以上を経て、『ヴァージニア』は再びハンプトン・ローズへ入る。



to (10-3) 戻る 目次へ戻る 次へ to (11-2)



―*― ご意見、ご質問はメールまたは掲示板へお願いします ―*―

スパム対策のため下記のアドレスは画像です。ご面倒ですが、キーボードから打ち込んでください。

mail to



to gunroom  ガンルームへ戻る