翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第十一章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




Monitor's luitenants

モニターの士官たち

 前列右から・・・大半はどれが誰だか判明しているようだが、後列5人の中央、制服の前が開いているのがグリーン副長。椅子に座っている左から二番目が、ここではのっぺらぼうに見えるがキーラー主計長だとされる。
 他に名前の出てきた人では、椅子に座った左端がストッダー航海士、立っている右端がニュートン機関助手。



第十一章・承前

 『ヴァージニア』が出てこない間に、『モニター』もまた改良されている。破損した操舵室は修復され、その周囲に裾装甲を取り付けられた。4面に木材を積み重ねて30度ほどの斜面を作り、そこに装甲を張ったのである。全体としては、ちょうど頭を切り取ったピラミッドのような形状だ。
 これにより、砲弾はまず裾装甲に当たり、上方に逸らされる。スリット部を直撃される可能性は、ゼロではないにせよ、非常に小さくなった。装薬の量も制限を外されている。
 ウォーデン艦長も順調に回復していたが、その左目は光を取り戻すことなく、失明した。顔の半分には炭の粉が食い込んで黒く汚れ、これは刺青をしたようになって取り去ることができなかった。もともと色男でもなかったが、ますます凄まじい顔になってしまった。女の子は振り向いてくれないと、冗談を言って笑っていたそうだが。

 海戦の翌日、グリーンに指揮官としての経験が不足していることから、臨時指揮官として、元『カンバーランド』乗り組みだったセルフリッジ士官 Thomas O. Selfridge が任命され、数日後にはジェファーズ William N. Jeffers が、正式に艦長となった。しかし彼もまた、共に戦った絆を持つ乗組員たちに溶け込めず、ぎくしゃくとした関係を残している。
 副長に戻ったグリーンは、『モニター』が『ヴァージニア』を追撃しなかったことを新聞に責められ、憮然としていた。追撃を禁じたのは艦隊司令部であり、彼の責任ではなかったからだ。
 しかし、北部のマスコミは勝利の知らせを望んでおり、南部の新聞が『ヴァージニア』による、『カンバーランド』と『コングレス』撃沈の戦果を高らかと掲げるのに対抗できる、大衆の喜ぶ見出しを待ち望んでいたのである。嬉しいニュースがなければ、ないことの理由を押しつけられる犠牲者が必要であり、グリーンが矢面に立たされたのだ。

「君がグリーン君か。いや、ご苦労だった。立派な戦いぶりだったそうだね。今後とも、合衆国のために献身してくれたまえ。しかしなんだな、『モニター』は吃水も浅かったのだし、速力も速かったそうだから、『メリマック』の先廻りをして、奴を陸地へ追い上げるわけにはいかなかったのかね。…いや、君を責めているわけではないよ。君は十分に義務を果たしたんだ。だが、勝ってはいない。勝てなかったのかなと、この老いぼれ門外漢としては、思うわけさ。いや、気にしないでくれたまえ」
「これが敵の砲弾の跡か。ふうむ、なるほど装甲というのは偉大なものだね。戦いも、こういう盾の後ろに、こそこそと隠れてするように変わるのだろうね」
「一か八か、装薬を増して発砲しようとは思わなかったのかね。安全を考えてばかりでは、勝利できはせんよ」 「この『モニター』にも衝角を取り付けるべきだろう。『メリマック』は木造なのだから、どてっ腹に穴を開けてやれば、奴らは海の底だ」

 好き勝手なことを言う輩は引きも切らない。『モニター』を100隻造って各地に配備しろだの、もっと大きく、強力な『モニター』を造れの、現実を無視した提案は、とにかくどこまでもキリがない。
 実際、先の海軍による装甲艦案募集のときに、ブッシュネルの『ガレナ』とともに、オーソドックスなヨーロッパ型の浮き砲台『ニュー・アイアンサイズ』が採用され、建造されつつあったのだが、備砲16門、装甲4インチ半という強力な仕様だったにもかかわらず、モニター・フィーバーとも言われる流行から、以後の新造装甲艦はほとんどがモニター・スタイルになっている。この流行はアメリカのみならず、先進各国にまで伝染した。

 マスコミを始めとする北部人の多くは、故意に『ヴァージニア』を『メリマック』と呼び続け、南部人の神経を逆撫でした。『モニター』を「エリクソンの阿房宮」と呼んでいた新聞は、いつのまにか彼を救国の英雄に仕立てあげている。
 装甲艦『ケオカック』 Keokuk を建造した富豪ヴァンダービルト Cornelius Vanderbilt は、自分の持ち船である1,700トンの外輪汽船『ヴァンダービルト』を、その快速15ノットの体当たりで『メリマック』をまっぷたつにすると触れ込み、海軍へ提供した。海軍はこの申し出を快諾し、艦首を強化した汽船はハンプトン・ローズへと回航される。
 そうこうしているうちにも、戦争の状況は動いている。そして、万全の装備を整えた2隻は、その最初の戦いの衝撃が大きかったこともあって、まったく別な重荷を背負わされた。共に、間違っても負けるわけにいかなくなったのである。

… * …


 北軍の封鎖艦隊は、何度も『ヴァージニア』出撃の虚報に踊らされていたが、ついに4月11日、『ヴァージニア』はハンプトン・ローズへ進入してきた。朝8時頃、これに気付いて戦闘を準備した『モニター』はしかし、一歩も動こうとしない。ジェファーズは出撃を命じないのだ。艦隊の大半は錨に繋がれたまま、引き始めた潮に乗って、東へ流されていく。このとき、艦隊はモンロー要塞近くに停泊しており、すぐ後ろはチェサピーク湾の広い海面だった。
「なぜ、出撃しないのですか?」
「禁止されているんだよ。大統領命令でね。どうにも避けられない場合を除いて、本艦は『ヴァージニア』との戦いを差し止められている」
「なぜです?」
「陸軍が勝っているからだ。ノーフォークへは、海側から攻撃する準備が進められている。ヴァージニア半島での攻勢準備も順調で、軍はリッチモンドへ向かっていく。南軍は対抗できない。ここで、もし、戦って我々が負ければ、ジェームズ川を通じての補給はまったく不可能になるし、チェサピーク湾すらも危険になる。補給が受けられなくなったら、マクレラン将軍は立ち往生だ」

 陸上での作戦は順調に進んでいる。ノーフォークへの侵攻が始まれば、地元の南軍はどうやっても食い止められない。退路を断たれればノーフォークは孤立するから、南軍はここに篭城して全滅を賭して戦うか、そうなる前に、戦わずにリッチモンドへ向けて引くかの選択を迫られる。『ヴァージニア』は、ジェームズ川を遡れないだろう。
「例えば『ミネソタ』が、どこまでジェームズ川を遡航できる? リッチモンドまでの途中にある瀬を渡ることはできないのさ。『ヴァージニア』も同じだ。スクリューがあろうと、どれだけパワーがあろうと、腹をついてしまうのは避けられないし、裾をまくって濡れないように歩くってわけにはいかないんだ」
 艦隊は、『ヴァージニア』が是非もなく突進してくるなら、行動が自由になる広い海面で戦う作戦を考えている。複数の艦が入れ替わり立ち替わり、『ヴァージニア』の艦尾を狙って体当たりを仕掛ける。あの運動性の悪い艦が、単独でどれだけかわしきれるものでもあるまい。誰かが一度引っ掛ければ、『ヴァージニア』はハンプトン・ローズへ戻れなくなる。

 『ヴァージニア』のタットノール提督にしても、それは百も承知しているから、誘いに乗ることはない。彼は北軍艦隊へ接近し、『モニター』を挑発しはするけれども、『モニター』が出てこなければ、北軍艦隊の懐へ入ってまではいかれない。実力の拮抗したライバルは、単独での戦闘を禁じられている。蒸気を上げはするものの、動こうとはしない。
 『ヴァージニア』は6隻の小型艦を従えており、ひと月前に『ミネソタ』が身動きできずにいたあたりに止まると、数発の砲弾を北軍艦隊へ向けて発射した。砲弾は届かず、北軍の砲弾もまた届かない。
 体当たりで『ヴァージニア』をまっぷたつにすると、息巻いていた『ヴァンダービルト』はしかし、肝心のエンジンが故障していて動けない。北軍艦隊からは誰も積極的な行動を起こさず、ただ見ているだけである。
 南軍の小型艦は、北軍主力が動かない間に、砲台の射程を避けながら北軍の輸送船を襲う。事情を知らずに川を下ってきた貨物船が3隻、南軍に捕獲された。それでも、北軍司令部は『モニター』に出撃を許さない。何度となく出撃要請を送ったジェファーズだが、「とにかくダメだ」と、にべもなく否定されている。

 『ヴァージニア』は午後4時半頃まで、その場に留まっていた。止まっているのは、『モニター』に対する明白な戦いへの誘いであり、挑発された『モニター』では、状況を見ることのできる位置にいる者が不満のうめきを漏らす。ジェファーズの人気は、さらにいっそうなくなっていくが、彼とても命令に縛られているのだ。
 ソリッド・ショットを用意した『ヴァージニア』の7インチ・ライフルは、今度は『モニター』の砲塔を撃ち抜くかもしれない。なにかの手違いから、『モニター』が横腹に『ヴァージニア』の鋭い衝角を突き立てられるかもしれない。『モニター』が負ければ、ノーフォークは南軍が全力を挙げて守るべき価値のある要衝になる。ヨークタウンの陸軍は孤立し、戦局は逆転するかもしれない。
 『モニター』がいれば、『ヴァージニア』は好き勝手な戦法が使えないし、心理的にも、北軍艦隊は現在の状況を維持できるだろう。『モニター』が打ち負かされれば、『ヴァージニア』は影だけで北軍艦艇を追い払ってしまう。

 そして彼らは、あちこちで同じものを大量に造りはじめている。性能や大きさはそれぞれだが、その納屋の屋根だけが水に浮いているような姿は、どれも『ヴァージニア』を髣髴とさせるものだ。『モニター』が倒されれば、そのシルエットは、北軍にとって悪魔の棲み家にしか見えなくなるに違いない。
 あまりにも大きな期待をかけられ、重い責任を背負った2隻は、自分たちの存在のみを賭けての戦いができなくなっている。どちらも負けるわけにいかず、勝てる保証もない。その一方で、周囲の事態は勝手に進み、この2隻が無理に戦わなくても、戦いの趨勢は見えてきた。
 3月の引き分けは、北軍にとっては意味のある引き分けであり、勝ち点1をあえて0にする理由はない。彼らは大統領命令を引っ張り出し、『モニター』の温存を第一義としたのである。
 リングに上がってこない敵を見くだし、『ヴァージニア』は別れの挨拶を1発発射して、クレイニー島の砲台下へと引き上げていく。

… * …


 『ヴァージニア』乗組員にしても、『モニター』に対して絶対的な優越を感じていたわけではない。炸裂弾だったとはいえ、砲撃はまったく効果がなかったのに、自分たちの損害はゼロではなかった。次の戦闘では、もしかしたら装甲は破壊されるかもしれない。しかも陸上での戦況は思わしくなく、このままジリ貧に尻すぼまっていけば、『ヴァージニア』の戦果は徒花になってしまうのだ。焦りと不安が艦を覆いはじめる。
 5月8日、三度出撃した『ヴァージニア』は、スウェルズ岬を離れ、北軍軍艦を攻撃しながら、モンロー要塞へ2500メートルのところまで接近した。
 北軍艦隊はまたも戦闘を避けた。ゴールドスミス司令官の言によれば、「『メリマック』が水深の深いところまで出て来ず、我々にとって有利な情勢にならなかったから」、ということである。
 『モニター』は遠く、まったく砲弾の届く距離まで近寄ってこなかった。引き返したタットノール提督は、リッチモンドにかけあって、『モニター』を追撃する自由裁量を要請しようと決めた。その途中で、彼は嬉しくない決定を聞かされる。



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