大戦艦 6
The Big Battleship : HMS Agincourt (6)




armstrong design 686 for brazil

アームストロング社が1911年に提示した新戦艦の艦型略図 デザイン686

 16インチ主砲と9.4インチ中間砲、6インチ副砲を混載したこの艦は、準ド級、ド級、超ド級のどこへ分類すべきなのだろうか。



第4章・夢の跡

 さて、この話を終える前に、当初アームストロング社がブラジルに対して提案していた計画案について述べておこう。当時としては破天荒とも言える16インチ砲搭載艦がどのような形をしていたのか、あまり紹介されたことはないし、興味も持たれるだろう。
 残念ながら、キャンセルされそうになってから用意された計画案については、資料が見当たらなかった。ここに提示するのは、レアーオ大臣が計画を見なおそうとする以前、ブラジル側の要求に基づき、アームストロング社が提示した設計案である。

 大別して三つの計画案があり、それぞれ14、15、16インチ砲を主砲とする。

計画1、ブラジル・アレクサンドリノ提督提案
排水量:31,600トン
長さ:198メートル(650フィート)、幅:28メートル(92フィート)、吃水:8.23メートル(27フィート)
速力:22ノット
兵装:356ミリ(14インチ)砲12門、6インチ砲14門
装甲:水線部:305ミリ−152ミリ、主砲塔:305ミリ−254ミリ

 主砲配置は連装砲塔6基としか判らない。装備方法としてはいくつかの可能性があるけれども、艦首尾に2砲塔ずつを背負式に配置するのはまず間違いないので、問題は中央部2砲塔の配置だけである。
 左右に並列、梯形、直列、背負式と、すべて実例はあるが、さすがに14インチ連装砲塔の並列は例がなく、この幅ではかなり難しいと思われる。まあ、新造時の『扶桑』(1915年完成=ここではことわらんと危ない)を思い浮かべていただけば、大きな違いはないだろう。

計画3、イギリス・パーレット主任設計官提案
排水量:31,250トン
長さ:198メートル、幅:27.5メートル(90フィート)、吃水:8.8メートル(29フィート)
速力:23ノット
兵装:406ミリ(16インチ)砲もしくは381ミリ(15インチ)砲10門、6インチ砲14門
装甲:水線部:229ミリ−102ミリ、主砲塔:305ミリ

 主砲塔配置は、中央部Q砲塔が船首楼甲板にあるから、チリの計画した『アルミランテ・ラトーレ』、後の『カナダ』に近いと思われる。2檣2煙突。基本的には15インチ砲装備が原則で、16インチ砲のオプション選択であれば、重量増に対する何らかの対策が必要になるだろう。単純に大きくなるのでなければ、何かを降ろさなくてはならなくなる。
 計画時期の1911年には、新型16インチ砲など影もなかったはずだから、相当に冒険的な発注になるところだ。もし16インチ砲装備で完成していれば、列強の七大戦艦が八になったのだろうし、最強とも言えただろう。まあ、かなり大きくなりそうだし、このままでは防御力が巡洋戦艦レベルだから、評価は高くならないと思われる。

計画2、ブラジル・バセラル提督提案
排水量:30,500トン
長さ:192メートル(630フィート)、幅:27.5メートル、吃水:8.53メートル(28フィート)
速力:23ノット
兵装:406ミリ(16インチ)砲8門、239ミリ(9.4インチ)砲6門、6インチ砲14門
装甲:水線部:229ミリ、主砲塔:305ミリ−254ミリ

 これが一番気になるものだろう。16インチ主砲は連装砲塔4基に積み、前後に背負式配置という常識的なものだ。問題は中間砲である239ミリ砲で、これはやはり連装砲塔3基に装備されている。
 配置は図をご覧いただけば一目瞭然だが、1基が中心線上、計画3のQ砲塔と同じ位置にあり、ボイラー室群と機関室を分断している。残りの2基は、2本の煙突の中間付近両舷に並列配置とされ、片舷に180度近い射界を持つものの、反対舷への射撃はできない。
 つまり、正面へは16インチ砲4門、9.4インチ砲4門が指向でき、側面には16インチ砲8門、9.4インチ砲4門が指向できるわけだ。略図によれば、弾薬庫はボイラー室側面ではなく、ボイラー室を前後に分断して設けられているらしい。日本の『扶桑』級と略同様の弾薬庫配置のようである。6インチ砲の配置はどれも同じで、上甲板舷側にずらりとケイスメイト形式に配置される。
 これが現実となっていた場合、ド級戦艦という定義では、いったいどこに分類されるべきなのか、少々戸惑う存在になっただろう。現実のド級戦艦と呼ばれる存在には、こうした極端な例外的存在が少なかったから、分類に大きな問題は起きていないのだが、これも歴史の偶然でしかない。

 これらの中で採用されたのは提案1であり、その図面が見付からないのも奇妙な話だが、いずれたいして風変わりなものでもなく、野次馬的には面白みに欠けるだろう。




gun mounting for 5th turret

5番砲塔に最後の砲身を搭載する。前盾の切り欠きに注意



エジンコート Agincourt

     =サルタン・オスマン・一世 Sultan Osman I

          =リオ・デ・ジャネイロ Rio de Janeiro

建造所:アームストロング社
起工:1911年9月14日
進水:1913年1月22日
完成:1914年8月20日

完成時要目
常備排水量:27,850トン (27,500トンという数字もある)
満載排水量:30,860トン (30,250トンという数字もある)
垂線間長:632フィート=192.6メートル
水線長:668フィート=203.6メートル
全長:671フィート6インチ=204.7メートル
幅:89フィート=27.1メートル
吃水(満載・平均):29フィート10インチ=9.1メートル
吃水(常備・平均):27フィート=8.2メートル

吃水線からの高さ
A砲塔(No.1):30フィート6インチ=9.3メートル
B砲塔(No.2):41フィート=12.5メートル
P砲塔(No.3):30フィート=9.1メートル
Q砲塔(No.4):30フィート=9.1メートル
X砲塔(No.5):24フィート=7.3メートル
Y砲塔(No.6):34フィート6インチ=10.5メートル
Z砲塔(No.7):24フィート=7.3メートル
司令塔のスリット:49フィート=14.9メートル
第1煙突頂部:76フィート=23メートル
前マストトップ・フラット:108フィート=33メートル

兵装
12インチ(304.8ミリ)45口径砲14門
砲身:マークXIII
  砲身重量:60.7トン、全長:556.7インチ=14メートル14センチ
  薬室容積:18,000立方インチ=295リットル
  薬室長さ:82.71インチ=210センチ
砲架:エルジック・スペシャル:装填仰角5度固定
  最大仰角は13.5度。後に16度に引き上げられた。
★砲身も特別製のため、初期イギリス弩級艦の12インチ45口径砲とは互換性がない。
砲弾:4crh
  重量:850ポンド=385.6キログラム
  装薬:MDC45:285ポンド=129.3キログラム
  初速:秒速2,725フィート=秒速831メートル
  最大射程:18,850ヤード=17,240メートル/13.5度

6インチ(152ミリ)50口径砲20門:計画時は18門
砲身:マークXI
  砲身重量:18,933ポンド=8,588キログラム、全長:309.7インチ=787センチメートル
  薬室容積:2,030立方インチ=33.3リットル
  薬室長さ:34.3インチ=87センチ
砲架:不明、おそらくPVと呼ばれるタイプ・Vはローマ数字の5
  PVの最大仰角は13度。後期型は20度。
砲弾:4crh
  重量:100ポンド=45.36キログラム
  装薬:MD26:32.1ポンド=14.6キログラム、またはSC150:33.05ポンド=15.0キログラム
  初速:秒速2,937フィート=秒速895メートル
  射程:14,310ヤード=13,085メートル/15度

3インチ(76ミリ)砲10門
3ポンド砲4門=礼砲用装備
21インチ(533ミリ)魚雷発射管3門=全水中、舷側左右各1門(A砲塔直前、装甲帯直下)、艦尾1門:魚雷10本

★側面の発射管は横装填方式で、発射後に管内の海水を発射管室内へ排水する機構だった。それゆえ急速発射を繰り返すと、乗員は1メートル近くも溜まった海水の中で作業をするハメになったという。

装甲
水線装甲帯:中央部9インチ=229ミリ、艦首尾は6インチから4インチに減ずるが全長にわたる(152ミリ〜102ミリ)。高さは正確にわからないが、ほぼ2甲板分5メートル弱くらいだろう。
上部装甲帯:6インチ、B砲塔基部からY砲塔基部まで
前部装甲横隔壁:3インチ(76ミリ)、A砲塔砲口付近にあり、水線装甲帯と同じ高さ。
後部装甲横隔壁:6インチ〜3インチ、Z砲塔砲口付近にあり、水線装甲帯と同じ高さ。上半分は6インチ(これを4インチとする資料あり)、下半分は3インチ。水線装甲帯はここより後方で1甲板分高さを減ずる。艦尾末端に、わずかに舷側装甲のない部分があり、ここは2.5インチ(63.5ミリ)の装甲横隔壁で閉囲されている。また舵機室後方にも下甲板下に2.5インチの横隔壁が設けられていた。

甲板:副砲シタデル内では船首楼甲板に1.5インチ(38ミリ)、副砲シタデルより後方Y砲塔までは上甲板に1.5インチ、B砲塔より前は主甲板に1.5インチ〜1インチ、艦首尾と弾薬庫上は下甲板に1インチ(25ミリ)。舵機室上部は2.5インチに強化されている。中甲板には横隔壁より前の艦首部を除いて、全面に1インチの装甲があり、舷側端では斜め下へ折り曲げられて、下甲板レベルで舷側装甲に接続している。
 エジンコートの場合、中甲板 middle deck が吃水線直上にある全通甲板を指し、その上が主甲板 main である。さらにその上が、艦尾付近では露天甲板になっている上甲板 upper で、5、7番砲塔、大半の副砲砲廓がここにあった。その上が船首楼甲板 forecastle (fo'c'sle = フォークスルと発音する)となる。1、3、4番砲塔がこのレベルにある。
 下甲板 lower は中甲板のひとつ下になるが、これは機関室がおよそ3層分の高さを取っているために全通してはいない。

主砲塔:砲室前面:12インチ(305ミリ)、側面:8インチ(203ミリ)、背面:10インチ(254ミリ)、天蓋:前部3インチ、後部2インチ(51ミリ)、バーベット:露出部9インチ、装甲甲板下3インチから2インチ
副砲砲廓:6インチ、包含しているのは上甲板砲廓の14門で、砲ごとに1インチの隔壁で仕切られている。船首楼甲板の4門には防御がなかったようだ。艦橋側面船首楼甲板に露天装備された2門の副砲には、シールドが付されているだけである。

魚雷防御縦壁:なし、弾薬庫部分にだけ1.25インチ(31ミリ)から1インチの強化縦隔壁がある。
司令塔:側面:12インチ、天蓋:4インチ、交通筒:8インチから3インチ
後部司令塔:側面:9インチ、天蓋:3インチ、交通筒:6インチから2インチ

主機
ボイラー:バブコック・ウィルコックス水管缶22基(混焼):常用圧力:235psi=16.45kg/cm2、伝熱面積:78,812平方フィート=7,322平方メートル、火床面積:2,150平方フィート=199.7平方メートル
機関:パーソンズ直結式タービン2組、4軸
スクリュー直径:9フィート6インチ=2.90メートル、3翼
計画出力:34,000馬力
計画最大速力:22ノット

出力公試:1914年7月17日実施
海面状態:波浪階級3、風力:3
吃水:前部:26フィート9インチ=8.15メートル、後部:27フィート5.5インチ=8.37メートル
標柱間での最大速力:22.42ノット、40,129軸馬力
右舷外軸:毎分332回転、7,266軸馬力
右舷内軸:毎分321回転、12,622軸馬力
左舷外軸:毎分335回転、7,238軸馬力
左舷内軸:毎分326回転、12,963軸馬力
 (40,279軸馬力という数字もある。上の数字を足すと40,089という数になる。右舷内軸の12,622が、12,662の誤りなのかもしれない)

8時間連続運転での最大速力:20.61ノット、28,811軸馬力、平均回転数:毎分308.5回転

燃費公試:1914年9月8日実施
32時間運転での馬力あたり石炭消費量:2.19ポンド=0.99キログラム

石炭塔裁量:標準:1,500トン、最大:3,200トン
重油搭載量:620トン
10ノットでの航続距離:7,000浬、4,500浬という数字もある。

旋回公試:1914年9月22日実施
1、 速力20.7ノット、舵角35度、前進距離642.5ヤード、旋回径637ヤード
2、 速力20.0ノット、舵角35度、前進距離602.5ヤード、旋回径596ヤード
3、 速力16.0ノット、舵角30度、前進距離627.5ヤード、旋回径711.5ヤード
4、 速力14.7ノット、舵角15度、前進距離677.5ヤード、旋回径851.5ヤード

艦載艇
蒸気ピンネース:50フィート型2隻 = 将官艇:15メートル型
帆走ピンネース:36フィート型1隻 = 同:11メートル型
蒸気ランチ:36フィート型2隻 = 大型ボート:11メートル型
モーター・ランチ:36フィート型1隻 = エンジンつき大型ボート:11メートル型
モーター・ディンギー:23フィート型1隻 = エンジンつき雑用艇:7メートル型
ランチ:44フィート型1隻 = 手漕ぎボート:13メートル型
カッター:30フィート型2隻 = 小ボート:9メートル型
ギグ:30フィート型1隻 = 艦長用ボート:9メートル型
ディンギー:16フィート型1隻 = 雑用艇:5メートル型
ラフト:14フィート型2隻 = 作業用いかだ
初期の写真では、56フィート(17メートル)型の艦載水雷艇1隻、36フィート型の蒸気ピンネース4隻、30フィート型のモーター・カッター2隻、25フィート型のモーター・ボート1隻が確認できる。

探照灯
36インチ(91センチ)型6基、24インチ(61センチ)型1基


150cwt (7.6トン)ストックレス・アンカー:3コ (艦首2コ、予備1コ)
50cwt(2.5トン)、 35cwt(1.8トン)ストリーム・アンカー(中錨):各1コ

乗員:1,109名、1,115名という数字もある。

価格:およそ290万ポンド
トルコの買収価格は272万5千ポンド
当時の為替は4ドル=1ポンドなので、272万5千ポンドは1,090万ドル。



●参考文献
●The Big Battleship / Richard Hough / Michael Joseph
●All The World's Fighting Ships 1906-1921 / Conway Maritime Press
●British Battleships of World War One / R.A.Burt / Arms & Armour Press



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