中央砲塔艦と梯形配置(2) Central turret ships with en echelon (2) |
そして、この問題にひとつの解決を提示したのは、イギリスでもアメリカでもなく、当時の軍艦建造能力ではけっしてトップを走っていたわけではないイタリアだった。
1876年に進水した『デュイリオ』 Duilio は、『モナーク』同様に、船体の中央部に2基の連装砲塔を装備した。搭載される砲は、当初の12インチ砲から計画を改めるごとに拡大され、とうとう17.72インチ、450ミリの巨砲となっている。
これを常備排水量わずか1万1千トンの船体に、十分な装甲とともに載せようというのだから、そこに見られる工夫はたいていのものではない。装甲する範囲を局限して厚い鉄板の重量を節約し、副武装も極力削減している。しかもイタリア海軍は、これを航洋性の乏しいモニターとして建造したのではなく、この艦の速力は当時の主力艦として一流以上のものだったのである。
この計画を知ったイギリス海軍は、急遽同様の手法による主力艦を建造するのだが、まずその前に『デュイリオ』の特徴を見ておこう。
●デュイリオ |
この当時の主力艦では、ほぼ15ノットを発揮した『モナーク』が、最も速力の速い主力艦と言われていたくらいで、『デュイリオ』の巨砲と速力は、既存のすべての主力艦を凌駕するものと考えられた。
『モナーク』と『デュイリオ』の主砲配置を見比べてみよう。側面図で前後方向の位置を見る限りでは、両者に大きな違いは見えない。『デュイリオ』を艦首から見ていくと、最初に小さな構造物があり、ポツンと1本の煙突が立っている。
次にひとつめの砲塔があり、艦の中央部にはがっちりとした基部を持つ大きな棒檣がそびえ立つ。艦橋はこの基部の上にあった。さらに二つめの砲塔があって、2本目の煙突へと繋がり、ここから艦尾近くまで、大きな甲板室がある。これらがすべて、ほとんどシアーのない、上甲板の高さが海面上3.5メートルほどの船体の上に並んでいるのだ。
2本の煙突が大きく前後に離れているのは、機関室を艦の中央部に置き、缶室を前後に分離したために生まれた配置であり、この方式も本艦を嚆矢とする。
『モナーク』では、煙突が砲塔の間にあって、砲塔をまたぎ、前後のマストの基部を繋ぐ空中甲板が顕著である。『デュイリオ』にも空中甲板はあるけれども、これは前後甲板の交通のためにあるだけで、幅の狭い橋にすぎない。それに対して『モナーク』では、空中甲板の幅が広くて、その上になにがしかの作業スペースがある。これは、『モナーク』が一応完全な帆装を保持しているのに対し、『デュイリオ』はまったく帆を持っていないからだ。確かに、その差による装備の違いはあるのだが、側面から見ただけでは、その決定的な違いは明らかにならない。
ところが平面図を見ると、この2隻はまったく異なった艦であることが判る。『モナーク』では、砲塔は艦の中心線上にあり、艦首側にある構造物のために艦首0度方向への射界はない。実際には左右それぞれ15度の範囲で死角があり、この場合でも射撃できるのは砲塔の片方の砲に限られる。この角度が20度くらいにならなければ、両方の砲は指向できない。
装備する4門のすべてを向けられるのは、左右それぞれ120度ほどの範囲であり、これが片舷のせいぜい60度ほどに半数しか指向できない砲廓砲に比べて、大きな進歩であると考えられたのだが、首尾線方向へは別に追撃砲を持たなければならなかった。
『デュイリオ』は、砲塔が船体の中心線上になく、前方に大きな構造物もないから、砲塔からは艦首正面を見ることができる。艦尾側には比較的大きな構造物があるけれども、幅を狭く造られており、なんとか真艦尾方向を見ることも可能だ。
すなわち、この砲塔からは片舷の180度すべてに射界があり、二つの砲塔がそれぞれ反対舷に片寄せられているから、両方で360度の射界が確保されているのである。一方でこの偏配置により、反対舷側への射界は狭められていて、『モナーク』で120度ずつもあった4門を集中できる範囲は90度ほどに小さくなり、これはこの配置の欠点とも言える。
しかし、360度すべてに主砲が指向でき得ることから、追撃砲を別途装備する必要はなくなり、その分の重量とスペースは確実に節約された。
後部に設けられた上構は、幅が狭いとは言え環境良好なスペースであり、ここを居住区とすれば上級士官にとってありがたい場所になるだろう。これまでのモニター型砲塔艦では、射界を確保するために構造物は最小限とされ、士官といえども居住区は大半が吃水線の下にあったのである。
一般にこの配置は、衝角を用いる戦法との兼ねあいで、艦首正面へ4門の主砲を集中するためと言われている。しかしながら、平面図を仔細に調べれば判るように、この艦では言われるような集中はできない。
その砲塔中心は、船体中心線から2.3メートルほど離れた位置にある。正確な数字は明らかでないものの、円筒形をした砲塔の直径は10メートルほどもあって、連装に装備された砲と砲との間隔も4メートルほどになる。すなわち、艦首0度方向へ砲塔を指向した場合、片方の砲はほぼ中心線上にあるわけで、目の前にある煙突が邪魔になり、この方向へは発砲できないのだ。
艦首正面からごく浅い角度の場合、反対舷側の砲塔からは発砲できないから、ごくわずかな範囲で1門しか指向できない角度があり、首尾線方向で4門の集中ができる角度はないのである。これは、せっかくのコンセプトを活かしきれない、中途半端な設計だったとも言える。それでも、この艦の設計にあたったベネデット・ブリン Benedetto Brin は、その卓抜したアイデアと、実用性の高い艦にまとめた手腕を評価され、後に彼の名を与えられた戦艦が建造されるという栄誉を受けている。
さて、通常の軍艦では、船体中央部には推進機関を収容した大区画があり、本艦でもその点に大きな違いはない。では、砲塔下部のスペースはどうなっているのだろう。
『モナーク』でもこれは同じことであり、吃水線下の区画は上手く使い分けられていたと考えてしまうのが普通だろう。ところが、この砲塔は後の砲塔と異なり、機関部と場所の取り合いをしなくて済む構造だったのだ。
『デュイリオ』の砲塔内部、その下部構造がどうなっていたかは、本ホーム・ページの士官室にある「砲塔の生い立ちと進化」の2番目のページに掲載されている。これをご覧になればお判りのように、この砲塔の構造は非常に浅く、弾薬庫からの揚弾筒以外は、ほとんど艦内に甲板一層分の高さしかない。このため、煙路さえ避けてしまえば、缶室や機関室と重ねて配置できるのであり、逆にこうすることによって防御装甲の重量を節約したのだ。
『デュイリオ』が、わずか1万1千トンの排水量で45センチ砲を積み、かつ高速力を発揮できたのには、こういう見えない部分の秘密が存在したのである。ちなみにこれの弾薬庫は、機関部を挟んだ艦首尾の吃水線下にあり、装甲された通路を通って砲塔下へ運ばれていた。
さて、『デュイリオ』への対策に腐心したイギリス海軍は、これを追いかけるように、同じコンセプトの大型装甲艦『インフレキシブル』 Inflexible を建造する。こちらは当時のイギリス海軍としては最大の砲である口径16インチ (406ミリ) の巨砲を4門、連装砲塔2基に分けて『デュイリオ』同様に梯形配置とし、全周への射界を確保している。
砲塔の配置は『デュイリオ』と逆であり、前側の砲塔が左舷に寄せられ、後ろ側が右舷にある。この違いが実用上に何か意味を持っていたとする資料はなく、単なる好みの問題であるらしい。アイデアの面で後塵を拝したために、意地でも同じ形にはしたくなかったのかもしれない。
排水量は1万2千トンに近くなり、装甲は『デュイリオ』を凌いで、史上最も厚い鉄板を重要部分に巻いている。砲はひとまわり小さいが、性能や運用の面で十分に対抗可能とされたようだ。45センチ砲の実力、砲身強度などに不安があったのかもしれないが、製造国は同じなのだから、そう極端な性能差はなかっただろう。口径の差がそのまま実力差だったと見ることもできる。
『インフレキシブル』では、当時開発されていた抵抗の少ない船型を採用することで、ほぼ4.25対1というかなり縦横比の小さい船体を持ちながら、15ノット近い速力を実現している。23メートル近い大きな幅と、直径が11メートルもある巨大な砲塔を舷側いっぱいに配置することで、その中心線上には射界を妨げない幅が生まれ、ここに細長い上構を設置することができた。
この上構は、航洋性能にはほとんど寄与しないけれども、砲の射界を妨げず、装備品を自由に配置できる甲板と、環境良好な居住区、外洋でも安全な交通路を提供した。これにより、本艦は海外派遣任務に適した容積と航海能力を持ったのである。以下にその要目を記しておく。
●インフレキシブル |
しかし、予算の都合から、イギリスはあまりにも高価になった『インフレキシブル』の同型艦を諦め、次期からはひとまわり小さく、砲も12.5インチ砲に縮小した廉価版を建造した。ちなみに、『インフレキシブル』の建造費はおよそ81万ポンドで、直前に建造された中央砲廓の主力艦『アレキサンドラ』 Alexandra は、約54万ポンドである。
この1879年に進水した縮小版は、『アガメムノン』 Agamemnon 級2隻であり、『インフレキシブル』では飾りに過ぎなくなっていた帆装を完全に放棄し、行動のすべてを蒸気機関に頼ることになった。さらに続いて、主砲を12インチ砲ながら久々の後装砲とした『コロッサス』 Colossus 級が造られる。こちらは1882年の進水である。どちらも砲塔の配置は『インフレキシブル』と同じだ。この2級にはそれぞれに得失があるのだが、ここではその比較が目的ではないので、要目を掲げるだけにしたい。『インフレキシブル』の7割ほどに縮小された『アガメムノン』の建造費は、およそ53万ポンドである。
●アガメムノン |
●コロッサス |
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