遠き祖国 3
Far from My Fatherland 3


 このページは、以前に三脚檣掲示板で連載した「遠き祖国」のイラストページに、短縮した本文を加えたものです。割愛したのは主にフィクション部分ですので、全体としては史実に沿っています。
 今回、このページを再編成するにあったって見直したところ、とんでもない間違いがあったことに気付きました。冊子を作るときに気付き、直したつもりだったのですが、なぜか海戦図が直す前のままになっていたのです。本ページでは修正されていますが、なにか間違いに気付かれましたら、遠慮なくご指摘ください。




 イースター島に集合したドイツ艦隊は、司令長官シュペー中将以下、艦隊参謀長フィーリッツ大佐、旗艦『シャルンホルスト』艦長シュルツ大佐、『グナイゼナウ』艦長メルカー大佐、『ニュルンベルク』艦長シェーンベルク大佐、『ライプチヒ』艦長ハウン中佐、『ドレスデン』艦長リューデッケ中佐という顔ぶれである。
 艦隊は当座の行動に十分なだけの燃料を保有しており、弾薬もほとんど消費していなかったから、船体の汚れ、缶や機械の消耗を除けば、ほとんど完全とも言える戦闘力を保持していた。おそらく近代戦争において、一個の艦隊が戦闘即応状態を保ったまま、二ヶ月以上も行動を続けるというのは、まず考えられないだろう。

 そこに、ドイツ人らしい緻密で周到な準備があり、優秀な指揮官による運用があったことは間違いない。もちろん、幸運に類する部分もあるだろうが、幸運は適切に利用できてこその幸運であり、物事は自動的に上手くいくものではない。
 それでも連合国海軍が二ヶ月間、彼らに一指も触れられなかったのは、その作戦に欠陥があったからだと責められてもやむを得まい。実際、後世の研究によれば、孤立しているドイツ領土の占領に拘泥し、いたずらに有力な艦を遊ばせていたとの批判を受けている。

 シュペー提督が目論んだごとく、居場所はわからないが確かに存在している戦力から受ける脅迫的圧迫は、様々な作戦計画に大きな影響を及ぼしており、輸送船団の直接護衛に大戦力を割かなければならないため、追跡艦隊を編成できない事態を招いている。
 おそらく、戦争が年内に終結するという予測が根底にあり、ドイツの海外根拠地、植民地をそれまでに根こそぎし、戦後に既得権を主張するための陣取り合戦をやっていたのだろう。
 イースター島に6日間滞在した後、装甲巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻となったシュペー艦隊は10月18日、チリの西方に浮かぶ絶海の島、マス・ア・フエラへ向かい、26日に到着した。さらに『ライプチヒ』は、同じファン・フェルナンデス諸島に属するもうひとつの島、マス・ア・ティエラの偵察に派遣される。




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ファン・フェルナンデス諸島の西寄りにあるマス・ア・フエラ島

絶壁に囲まれていて入江のようなものはない。遠浅の海底もないので、錨を入れられる場所はほとんどない。
 現在は島の名が変わっており、マス・ア・フエラはアレッハンドロ・セルカーク島、マス・ア・ティエラはロビンソン・クルーソー島と呼ばれている。いずれもデフォーの小説「ロビンソン・クルーソー漂流記」に由来していて、観光誘致目的の改名とされる。




 シュペー提督は航海中の10月21日、『モンマス』と『グラスゴー』が16日までチリのヴァルパライソにおり、出港して南へ向かったことを知った。北米西岸の日英合同艦隊が南下し、オーストラリア艦隊もアピアに進出してきているという。また、イギリスの旧式戦艦『キャノパス』が、クラドック艦隊に加わるという情報もあった。包囲網は徐々に絞られてきているけれども、まだ切羽詰まるような状況ではない。ここで、石炭を入手できず、行動に不安を持った仮装巡洋艦『プリンツ・アイテル・フリードリッヒ』が、オーストラリア沿岸を離れて艦隊に追いついてくる。

 シュペーは、周囲に強力な敵艦隊が配置されたこの状態で、通商破壊作戦のために軽巡洋艦を分離するのは危険と判断し、艦隊を一個に保とうとした。
 石炭を補給した艦隊は、ヴァルパライソへ向けて東進する。待ち構えるクラドック提督の艦隊が、まだホーン岬のこちら側にいるのか、実際にどんな戦力が増強されているのか、はっきりした情報はない。
 10月30日、シュペーはついに太平洋を渡りきり、アンデスの山並みを見つめていた。




 シュペーは11月1日未明、前夜イギリス軽巡洋艦『グラスゴー』がコロネルへ入港したという情報を入手する。足の速い軽巡洋艦は単艦で行動しているはずと考えた彼は、これを捕捉し、撃沈しようと企てた。
 24時間以上は港に留まれないとすれば、今夜、どんなに遅くても明早朝には出てくるだろう。14ノットならば日没前にコロネル付近へ到達できる。入港が19時というから、ぎりぎり24時間滞在するなら出口で捕まえられるわけだ。

 艦隊は一番沖側に『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』が並び、陸側に軽巡洋艦を展開して捜索列を形成、チリ沿岸を南下していく。南の空には厚い雲がたなびき、進むにつれて波が荒くなってきた。巡洋艦はうねりに艦首を突っ込みはじめる。風が強くなり、気温も下がりだした。
 海流と向かい風の影響で予想より遅れ、艦隊がコロネル沖へさしかかったのは午後も遅い時間だったが、見張りが16時少し前に複数の煙を発見すると同時に、シュペーは敵艦隊との遭遇を確信した。




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 時刻は16時 (ここからはイギリス側より30分遅い、ドイツ側の時刻表示を用いる)、『シャルンホルスト』の後ろには『グナイゼナウ』と『ライプチヒ』が続き、商船の臨検に手間取っていた『ニュルンベルク』は後方陸寄りの視界外にいて、これと連絡を保つために『ドレスデン』が中間点に入っており、旗艦から12浬ほど離れた位置にいる。
 5分後、煙は艦橋からも見えるようになり、接近してくる軍艦らしい姿も識別された。敵と思われる巡洋艦は大きく進路を変え、南西へ向かう。

 14ノットで走っていた『シャルンホルスト』は、これを追って加速を始め、準備の遅れた『グナイゼナウ』から離れていく。『グナイゼナウ』では一部の缶を開放して整備中だったため、急激な増速についていけなかった。『ライプチヒ』はこれを追い越すわけにもいかず、22ノットで走る『シャルンホルスト』が、単独で突出した状態になる。
 この日の日没は18時42分、艦隊は南西へ退避していく『グラスゴー』を右舷4点に見ながら追っている。風は南ないし南南東で、風力は6。速力を上げた艦が作る風と合成され、かなり強い風が左前方から吹き付けてくる。

 16時30分、イギリス軽巡洋艦は西へ頭を振り、離れていこうとしている。やがてイギリス艦隊は4隻に増え、装甲巡洋艦2隻、軽巡洋艦1隻、仮装巡洋艦1隻と識別された。補強されたと情報のあった戦艦は見えていない。




「右舷4点」とは、360度を32分した単位での方位を示す表現で、右45度の方角を示す。1点は11度強で、90度が8点、180度が16点となる。




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 17時34分頃、大きく接近する針路へ一斉回頭したイギリス艦隊を見て、頭を押さえる形になったドイツ艦隊は緊張したが、ほんの数分でイギリス艦隊は平行針路へ戻った。時刻は日没まで1時間ほどを残すのみとなる。仮装巡洋艦『オトラント』を含むため、イギリス艦隊の速力は16ノットと遅く、20ノットのドイツ艦隊は敵を引き離してしまわないよう14ノットに減速する。両軍のコースはわずかに接近しつつあった。
 時刻は17時50分を過ぎて太陽は水平線に近付き、イギリス艦隊は光に幻惑されて歪んだシルエットにしか見えなくなり、明確さを失ってドイツ側からの照準が困難になるものの、その瞬間を捉えて攻撃しようとはしていない。緩慢に距離を詰めているだけだ。

 イギリス艦隊は針路を変えず、速力を落としたドイツ艦隊より若干速くて、ほぼ平行したコースを徐々に追い越していく形である。シュペーは艦隊に16ノットを命じ、右へ一点一斉回頭して距離を詰める。
 ほとんど風を正面から受けているイギリス艦隊は、うねりに艦首を突っ込んでは、艦橋の上にまでしぶきを上げている。風上を向いた舷側の15センチ砲はまともに照準できない状態で、風を非敵側左舷前方から受けているドイツ艦隊にしても、乾舷の低い軽巡洋艦は難儀している。風波によって速力が安定しないから、艦と艦の間隔は開き加減である。




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 時刻は18時30分、まもなく日没になる。太陽はもう水平線に近い。ドイツ艦隊はさらに右へ一点変針し、イギリス艦隊も左へ舵を取ったため、両艦隊は急速に接近する。わずかに左へ転じて角度を変えたシュペーは18時34分、距離10400メートルで射撃開始を命じた。
 日没を迎え、イギリス艦隊の背後で水平線へ入り渋っていた太陽が、完全に姿を消した。照らす光がなくなったから、暗い山を背負うドイツ側は急速に見えなくなり、明るい西の空を背景にしたイギリス艦隊は、くっきりとしたシルエットになる。

 ドイツ艦からの3斉射目に、『グッド・ホープ』の艦首砲塔付近に命中弾があり、砲塔は機能を失ったようだった。イギリス艦隊も射撃を始めるものの、諸元を掴んだドイツ艦隊は全力射撃を始め、イギリス艦に命中弾が続出する。おそらく最初の命中弾によって、旗艦艦橋に重大な被害があったのだろう、イギリス艦隊は戦術機動を行わずに真っ直ぐ進むだけになっている。このためドイツ側の砲弾は次々に命中し、戦闘は一方的になった。
 斉射のたびに命中弾があり、イギリス側の射撃は途絶え、生き残った砲がバラバラに射撃しているだけになる。強い風と波に打たれては、低い位置の舷側砲廓からでは、ろくに照準もできない。

 距離がつまったため、シュペーは魚雷の射程に入らないよう、針路を変える。速力の落ちたイギリス艦隊は後落していく。『モンマス』も炎に包まれており、とうてい戦闘能力を維持しているようには見えなかった。19時を過ぎて周囲は暗くなり、月が雲に隠れると敵艦は炎しか視認できなくなる。
 『グッド・ホープ』はわずかに針路を変え、ドイツ艦隊に接近しようとしたが、速力が落ちていて思うようにならない。『モンマス』はこれに追従せず、元の針路をそのまま進んでいる。おそらくこちらも艦橋に被害があり、操艦の自由を失っていたのだろう。『グラスゴー』は2隻の間へ艦首を向け、中途半端な位置にいる。




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 戦闘の開始直後から、戦闘力を持たない『オトラント』は避弾に専念し、なお目標とされたために右へ大きく転じて戦場から離れた。
 月明かりが戻ると、ほとんど停止したイギリス艦に砲弾が集中し、2隻の装甲巡洋艦は戦闘力を失って沈黙した。『グッド・ホープ』の中央部に大きな爆発が起こり、それきり艦影は見えなくなる。
 集中砲火を浴びた『モンマス』も、煙の中へ入って見えなくなった。完全に暗くなったことからシュペーは射撃を中止し、敵艦にトドメを刺すべく軽巡洋艦を接近させると、自身は南へ逃げるだろう『グラスゴー』の先回りをする。そこへようやく『ニュルンベルク』が追いついてきた。

 20時になり、残ったイギリス艦は北西方向へ逃げ、これを追う軽巡洋艦3隻が展開していく。ほどなく『ニュルンベルク』が、低速で北へ向かっていた『モンマス』を発見し、これに猛烈な射撃を加えて撃沈した。大きく傾いた装甲巡洋艦は砲の仰角が足らず、反撃できないまま転覆、沈没している。




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 2隻の軽巡洋艦が敵を追っているらしいまばらな砲火も、やがて見えなくなり、シュペー提督は『グラスゴー』の捕捉を諦め、艦隊に戦闘の中止と集合を命じて、へさきを北へ向けた。被害報告はほとんどなく、戦闘が一方的だったことは明らかだ。
 針路を北北東に取ったドイツ艦隊は、軽巡洋艦を東西に5浬の間隔で並べて捜索列を形成し、装甲巡洋艦を後方につけて10ノットに速力を減じた。




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 夜が明け、黎明配備を終えると、捜索列にあった軽巡洋艦は隊形を解いて、かわるがわる旗艦に接近する。その舷側に立ち並んだ乗組員は、自分たちを勝利に導いてくれた司令長官に対し、心からの歓呼の声を送った。けっして狭くない海を間に挟んでいるのだが、どよめくような歓声は、太平洋の隅々にまで広がっていくようだった。シュペー提督は艦橋のウイングに立って、この歓びの声に応える。
 そのマストには、全艦に宛てた旗旒信号がはためいていた。
「神に導かれし輝かしき勝利を得るにあたり、本職は乗組員一同の献身に対して、賞賛と祝意を表すものである」




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