遠き祖国 6 Far from My Fatherland 6 |
このページは、以前に三脚檣掲示板で連載した「遠き祖国」のイラストページに、短縮した本文を加えたものです。割愛したのは主にフィクション部分ですので、全体としては史実に沿っています。
ここでは、フォークランド海戦後半の状況を、細分化した航跡図とともに詳しく分析しています。
15時00分:13時15分に始まった戦闘が一段落し、離れた巡洋戦艦が再接近して、14時50分に砲撃を再開した直後の状態。英装甲巡洋艦『カーナーヴォン』は、まだ北方に大きく遅れている。
追いつかれたシュペーは、距離を詰め、砲を有利に使う目的で左転し、英艦隊の頭を押さえる。スターディもこれに応じて進路を変え、ほぼ平行砲戦となった。風向きを見ると、英艦隊は自艦の煤煙が敵側へ流れ、追い風で艦にまとわりつくような状態である。風速と比すれば艦のほうが速いので、後続の『インフレキシブル』が、漂う旗艦の煙に視界をさえぎられることになる。
射程は16000ヤード(14600メートル)から急速に減じ、13000ヤード(11900メートル)ほどになると双方に命中弾が続出する。
15時15分:並行砲戦。この段階での『カーナーヴォン』は、ほぼ衝突針路で距離を詰めている。この30分間の戦闘で、ドイツ艦隊には深刻な損害が発生した。『インヴィンシブル』もかなり撃たれている。
★15時03分の段階で、スターディが右2点ないし4点くらいの変針をし、T字を取って距離を詰めていれば、シュペーは対応に窮しただろう。
15時30分:左一斉回頭で敵から離れ、逆順となった巡洋戦艦に対し、まったく射程外の『カーナーヴォン』も、遅れて同じように左転している。命令盲従以外にどういう解釈が可能だろうか。この一斉回頭を見たシュペーは、右転して西へ向かおうとしている。
●ストッダート司令官にとって最初のチャンスで、まっすぐに進んでいれば一気に距離を詰められた。
★この一斉回頭は、ドイツ側の主たる目標にされていた旗艦『インヴィンシブル』を後ろに下げ、『インフレキシブル』を前に出すためと思われる。他にあえて一斉回頭しなければならない理由は認められない。通常の順次回頭で用は足りるはずだ。
15時45分:『カーナーヴォン』もようやく、ほぼ射程に入るくらいに接近した。シュペーの速力はかなり低下しているが、それまで非敵側にあった右舷砲廓から戦闘を行っている。
★前に出た『インフレキシブル』は、およそ10分間かなり積極的に接近している。37分には、前を押さえようとしたシュペーに対し、右転して並行戦に持ち込んでいる。
16時00分:『カーナーヴォン』は接近をやめ、巡洋戦艦の航跡へ入ろうとしている。まだ射程には入っていない。この行動は、射程に入りたくなかったのだと受け止められても仕方がないだろう。
●ストッダート司令官二回目のチャンス。シュペーの後方に占位できた。
16時10分:『カーナーヴォン』は、ほぼ巡洋戦艦の航跡を追いかけているだけ。この段階では『インフレキシブル』が艦隊を嚮導している。
16時20分:先行する『インフレキシブル』が右転回するものの『インヴィンシブル』は追従せず、南へ大きく離れた。この運動中に、『シャルンホルスト』が停止、沈没する。『カーナーヴォン』はどちらに従うべきか迷ったような位置で、2隻の中間へ入った。
★『インフレキシブル』に追従しなかった『インヴィンシブル』が、このまま南進して『グナイゼナウ』をしとめていれば、スターディへの評価もまた違ったものになっただろう。
16時30分:おそらく15時15分に「『インフレキシブル』嚮導せよ」の信号があったはずだから、『カーナーヴォン』は『インフレキシブル』を追っている。まだ射程に入っていないが、敵側を旗艦に追い越され、煤煙で照準もできないだろう。
16時40分:南西へ逃げる『グナイゼナウ』に対し、右転した『インヴィンシブル』は針路を西微北にとり、単縦陣の形成を命じる。前を『インフレキシブル』に横切られた『カーナーヴォン』は、内回りもできずに『インフレキシブル』の航跡を通過した。
●間に挟まった失策のため、『カーナーヴォン』は自由に動けないまま後落してしまう。せめて逆回りするくらいの知恵は欲しい。
★ここでもスターディは、南へ向かって距離を詰めるチャンスがあった。どうも、風上からの射撃にこだわっているようだ。
16時52分:旗艦の航跡に入った『インフレキシブル』は、煤煙で照準できないため命令を無視して大きく左転する。『カーナーヴォン』は、敵との距離をとる巡洋戦艦に追従したので、未だに射程に入れない。
●ストッダート司令官三回目のチャンス。旗艦の航跡を追わず、『グナイゼナウ』へ向首できた。
17時00分:大きく位置関係を変えた『インフレキシブル』は、活発な射撃を行っている。コースのショート・カットさえしない『カーナーヴォン』は、まだ射程に入れない。
17時15分:『カーナーヴォン』はようやく射撃のできる位置に来たものの、後方から追いついてきた『インフレキシブル』が、まもなく射界を遮ろうとしている。
17時30分:『カーナーヴォン』は海戦中初めて、射程内で積極的に接近しようとしているが、『グナイゼナウ』はすでに射撃をやめ、退艦準備中である。
17時45分:『カーナーヴォン』は、また前を『インフレキシブル』に遮られ、接近しきれない。『グナイゼナウ』は完全に停止し、乗組員が退艦を始めている。
全体を見通すとこういう図になる。これの1色刷りなら、見掛けることも多いだろう。この図は英国戦史から作成しているが、独戦史の図もほとんど違いはない。おそらく資料がないので、英戦史から引き写したと思われる。
スターディ提督の戦闘指揮もかなり疑問の多いものだが、ストッダート提督の『カーナーヴォン』の行動は、積極的な戦闘意欲を見出し得ないものである。彼がその後、不遇を託つのも無理はあるまい。もっとも、彼はこの場所にいるのが間違いなのであって、本来はドイツ軽巡洋艦を追跡する巡洋艦艦隊の指揮をしているはずなのだ。それを阻害したのはスターディ中将である。
航跡図では、なんとかして射程に入らないようにしようとする『カーナーヴォン』と、敵に接近できないように邪魔をしようとする巡洋戦艦のコンビネーションが、鮮やかなほどの切れ味を見せている。お見事としか言いようがない。
イギリス艦隊はこの海戦で、軽巡洋艦『ドレスデン』を取り逃がしている。このため、海域の安全は確立されておらず、商船や仮装巡洋艦の行動には制限が残った。『ドレスデン』逃走の報告を受けたフィッシャー海軍卿は激怒し、スターディに対してこれの捕捉撃滅を命じている。
2隻の巡洋戦艦はフォークランド海域に残され、各巡洋艦ともども、残された1隻の軽巡洋艦探索を始めるのだが、南米南端の海域は、リアス式海岸をさらに複雑にしたような多島海であり、ここに隠れた巡洋艦を単純な捜索で発見するのは、非常に困難である。
フィッシャーの怒りも無理はなく、フォークランド海戦が終了し、それぞれに損傷を受けた艦隊がポート・スタンレーへ帰着した時点で、スターディ提督は『ドレスデン』追跡のための有効な手段を実行していないのだ。
人がほとんどいないこの海域には港も少なく、補給のできる中立港はマゼラン海峡内のプンタ・アレーナスだけでしかないのに、彼は被害を受けていない巡洋艦を、フォークランドから1日ちょっとのここへ、監視に派遣すらしなかったのである。
海戦から4日後の12月12日午後、プンタ・アレーナスへ入港した『ドレスデン』は、港内にいたドイツ船から石炭の供給を受け、食料などを入手して、翌13日深夜、知らせを受けて駆けつけてくる英巡洋艦の鼻先をかわし、多島海の中に身を隠してしまった。
捜索を命じられた旗艦『インヴィンシブル』はマゼラン海峡の東口を塞ぎ、『インフレキシブル』はホーン岬を廻って太平洋へ入り、沿岸を1000キロ以上も北上、『ドレスデン』捜索にあたっている。他の装甲巡洋艦、軽巡洋艦、仮装巡洋艦も捜索を行い、多島海にある数え切れないほどの水道をひとつひとつ覗いてまわったのだ。
もし、『グラスゴー』が『ドレスデン』を追跡していれば、仮に撃沈できずに見失ったとしても、燃料の欠乏した『ドレスデン』は、たどりついた無人の海岸で自沈するか、大洋の只中で動けなくなっただろう。また、せめてプンタ・アレーナスに英艦が1隻でもいたら、中立地帯での戦闘はできないにしても、補給の妨害はできただろうし、十全の状態で脱出させることはなかったに違いない。おそらく『ドレスデン』は、チリ政府に抑留される結果になったと思われる。
参考文献
英国海軍公刊戦史
独国海軍公刊戦史
「壊滅」/エドウィン・ホイト/実松譲・訳/フジ出版
All the world's fighting ships 1860-1905/Conway
All the world's fighting ships 1906-1921/Conway
Battlecruisers/John Roberts/Ship Shape
Battleships in Action 1-2 /H.W.Wilson (1926) /Conway (1995)
Big Gun 1860-1945 (The) /Peter Hodges
Marine-Arsenal Sonderheft Band10 Alte Deutsche Panzerkreuzer/Siegfried Breyer
Naval History of World War I(A)
Schiffe der Deutschen Flotten 1848〜1945 (Die)
Sea Battles of The 20th Century /George Bruce/Hamlyn
Warships & Sea Battles of World War/Beekman House
Warship Special 1:Battlecruisers/N J M Campbell
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